等覚院跡

那古寺への古い参道に沿ってあった修験(しゅげん)寺院の跡。現在は安永4(1775)年に川名の行者秀善が四国八十八か所を巡礼した供養塔や、3基の庚申塔<石宮形・文化6(1809)年の青面(しょうめん)金剛の文字塔・文政11(1828)年の青面金剛像>、安政4(1857)年・慶応2(1866)年の馬頭観音像、明治42(1909)年の牛頭(ぎゅうとう)観音、明治6(1873)年の牛供養塔、そのほか出羽三山碑、明治5(1872)年の石宮があり、高台には天保14(1843)年の山三(やまさん)講の浅間(せんげん)祠(し)が祀られています。