なぜ館山は真冬に花いっぱいになるの?

ひと足早い春の訪れを告げる南房総のお花畑。
館山でも12月になるとあちらこちらで色鮮やかな花が開き、訪れる人々の心の癒しにひと役買っています。
温暖といわれる館山の冬。
どうやらそれ以外にも花いっぱいの理由がありそうです。

(2011/11掲載:K)

10万株のポピー畑! 花いっぱいの南房総


花のまち館山。いよいよ冬本番を迎える12月、館山には一足早く春が訪れます。花畑には色とりどりのポピーが咲き誇り、1月に入ると「日本の道100選」にも選ばれた房総フラワーラインを菜の花が黄色く彩ります。
温暖とはいえまだまだ寒いこの時期、どうして花いっぱいになるのでしょうか?その謎を探るべく、7500平方メートルという館山最大のポピー畑をもつ館山ファミリーパーク(以下館山FP)を訪れました。
ひと口にポピーといってもさまざまな種類があります。ここ館山FPで栽培されているポピーは、シベリア原産のアイスランドポピーという品種。「寒い土地」で育つことからアイスランドという名がついたそうで、アイスランド共和国とは関係ないようです。それをベースに独自の交配を重ねた、いわばここだけのオリジナル。このあたりにも秘密の鍵が隠されているようです。

種まきは7月、花を咲かせるまでにはさまざまな苦労が


まずはポピーの一生を追いかけてみましょう。語ってくれたのは館山FPで育成主任を務める長谷川さん。ポピーの出来不出来はこの人の双肩にかかっているといっても過言ではありません。
ここ館山FPでは播種から採種までを一貫して行っており、1年のうち10カ月間はポピーに関わっていることになります。ポピー栽培の第一歩は7月の種まきから。いわゆる「ケシ粒」のような小さな種をまきますが、最初は温度や水の管理がしやすいハウス内で育てます。8月になると、かわいらしい芽を1本1本箸でつまんでポットに移植。その数はなんと10万本! スタッフ総出の楽しくも辛い作業が数日間続きます。9月末から10月初旬にかけて、背丈が5~6cmほど、葉っぱが7~8枚になったところで畑に定植。ここからが露地栽培になります。
この辺りは海が近いこともあり畑は砂地。水や肥料の管理が大変で塩害にも気をつけなければなりません。10万株ものポピーを育てるには毎日状態を見て回ることが不可欠だそうです。順調にいけば11月ごろからぽつぽつと花が咲きはじめ、花摘みが始まる12月には花いっぱいのお花畑になります。


1つの株には10~20もの花やつぼみが見られ、花を摘むと次から次へとつぼみが出てきます。1つの株が咲かせる花は1シーズンでは実に100以上! 花を放置しておくと種ができ、それ以上つぼみが出なくなってしまうので、シーズン中は種ができないようにすべての花を摘み取ります。4月下旬、いよいよシーズンも終盤を迎えると、ようやく来シーズンの種を取る作業。採取された種は7月に播種され、そこからがまた次のシーズンの始まりです。

ポイントは温暖な気候と作り手の真心

白いポピー

館山の冬は温暖だというのが定説ですが、意外に寒いと感じる人も多いようです。特に海沿いは強風にさらされることも多く、なおさら寒く感じます。とはいうものの、実際に気温を数字で見てみると、最高気温は他の地域とそれほど変わらなくても最低気温はいくぶん高め。その点を考えると「温暖」であることに間違いはないようです。
館山を温暖にしているのはすぐ近くを流れる海流です。館山FPのある平砂浦の沖合には、南からの暖かな黒潮が西から東へと流れています。そのため、急激な冷え込みが少なく、霜が下りるのは年間でせいぜい10回くらい。雪もほとんど降ることはありません。「暖かい」というよりは「寒くならない」ことこそが真冬に花いっぱいになる第一条件となります。


さらに、花いっぱいの秘密は気候だけではありません。そこに作り手の苦労が加わって初めて見事な花畑が完成するのです。たとえば種まき。12月に花を咲かせようとすると、暑さが厳しい7月に種をまく必要があります。畑に定植するまでの約1カ間はハウスの中で育てますが、ある猛暑の年にはポットに移植した芽の大半を枯らしてしまったこともあるそうです。枯れた分は移植しなおしたそうですが、なにせ10万株です。箸を使っての気の遠くなるような移植作業をもう一度繰り返したそうです。
もちろん台風も大敵です。畑への定植後に大型台風が直撃すると畑は壊滅。ハウス内で育てる夏の間もハウスが飛ばされるようなことにでもなれば全滅は免れません。自然災害の恐れがあると、夜を徹して苗を守る努力がなされているそうです。
館山FPでポピー栽培の歴史はじつに30年以上。南房総随一のポピー畑は、長年蓄積された花栽培のノウハウとスタッフの愛情によって保たれているのです。

つぼみがターゲット! ポピー摘みのコツ


このようにスタッフの皆さんの苦労が結実し、今年もまた見事なポピー畑になりました。まだ未体験の方のために、簡単にポピー摘みのコツを伝授しちゃいましょう。
ポピーはつぼみの状態のものを摘み取ります。花の色は白、黄、オレンジ色の3色が基本で、赤やピンクの花はかなり希少といえます。つぼみの段階では色を見分けることはできないのですが、株によって花の色が決まっているので、同じ株の花の色から判断することができます。つぼみは、上を向いたものや下を向いたものなどさまざまですが、摘むのは頭が垂れたものでも大丈夫。開花が近づくとしっかりと上を向いてくれます。ハサミを使い、株を傷つけないよう注意しながら根元近くから切るのがコツですね。


花摘みの際に気をつけたいのは、花をいつ咲かせたいのかを意識しておくこと。たとえば上にピンと立ったつぼみは開花がもうすぐ。遅くても翌日には開くので、すぐに花を楽しみたいなら上を向いたつぼみを狙うといいでしょう。2~3日後を見ごろのピークにするなら下を向いたつぼみを摘みます。開花のタイミングは、温度管理で多少コントロールすることも可能です。開花を早めるには室温を高めに、開花を遅らせたいなら温度が低い場所に置いておくといいそうです。

また、ポピーの花は通常3、4日ほどで散ってしまいますが、長もちさせるための裏技があります。まず水につけた状態で茎を切り、その後切り口をコンロやライターなどで黒く焦がします。あとは水の入った花瓶に挿しておけばOK。こうすることで1週間は花の状態を保つことができるそうです。

冬の寒さも忘れさせてくれそうな可憐な花々。館山FPには、金魚草やヒマワリなども咲いています。また、1月中旬ごろにはストックの花摘みも始まり、いよいよ花摘みシーズンが本格化してきます。
ひと足早い春を告げる花いっぱいの南房総。ぜひ一度足を運んでみてください。

コラム「南房総の花栽培 館山の花栽培事始め」

 この地域の花づくりの歴史は古く、南北朝時代に遡ります。当時の花園天皇の皇女が、京都を逃れて舟で淡路島に向かったところ遭難。現在の南房総市和田町に流れ着き、その時持っていた黄色い花を村人に与えたのが始まりという伝説が残っています。
近代の館山では大正2年(1913)、現在の西岬地区の住職、岩永益禅さんが船員から譲られたキンセンカの種を植えたのが始まりだそう。もともと米などの裏作として始まったものですが、露地栽培が可能な温暖な気候に助けられ、次第に花栽培が盛んになっていきました。
第二次世界大戦中、食糧増産の必要性から花作り禁止令が出されると、花の徹底排除が始まりました。農地ではイモなどの食糧しか栽培してはならず、花の栽培はもちろんその種苗を持つことさえも禁止。安房地域の花栽培は大打撃を受けます。そんな状況のなかでも、花を愛する農家たちによってこっそりと種苗が隠し持たれ、そのおかげで戦後早い時期に栽培を再開することができたというエピソードも残っています。
戦後は水田からの転作が奨励され、栽培面積が拡大。現在では安房地域全体が日本有数の切り花の産地として広く名前が知られるようになりました。また、ストックの生産では館山市名誉市民となった黒川浩さん親子が120種以上の品種を開発。ストックの栽培は全国の出荷量の80パーセントを超える規模にまで成長し、日本一のストック生産地になっています。
(写真=館山ファミリーパークのストック)

  

コラム「ポピーの撮影は難しい!?」

 せっかくポピー摘みに行くなら、きれいな花畑の風景もしっかり撮影して帰りたいもの。ポピーの花畑の撮影は意外に難しいのですが、それにはいくつか理由があります。
まず、肉眼では花いっぱいの畑に見えても、ただ漫然とシャッターを押しただけでは花はまばらにしか写りません。「花いっぱい感」あふれる写真を撮るには、ズーム機能を使ってできるだけ望遠側で狙うといいでしょう。その際、目線を少し下げると、花がびっしりと入った写真になります。また、畝(うね)と並行に撮ると土の部分が目立ってしまうので、できるだけ畝と直角に近い角度がおすすめです。
次にポピーの花は太陽の方向を向いているので、花を正面から撮ろうとすると太陽を背にした順光の写真ばかりになってしまいます。言い換えると、花びらの透明感を出すために逆光で撮ろうとすると、花の裏側ばかりの写真になります。
また、館山ファミリーパークは海岸に近いので、冬は風が強い日が多くなります。ポピーはひょろっとした茎に大きな花が乗っかっているので、ちょっとの風でもゆらゆらと揺れ、花のアップを撮るのは結構大変です。
よく晴れた、風が穏やかな日が撮影日和。できればたっぷりと時間をかけて、いろいろなアングルで撮影に挑戦してみてください。

館山ファミリーパーク

館山ファミリーパークは閉園しました。