なぜ館山若潮マラソンはこんなに人気があるの?

若潮マラソン応募者数グラフ(1997~2011)

 上のグラフをご覧ください。今月1月29日(日)、今回で32回目の開催となる館山若潮マラソンの参加応募者数をグラフにしたものです。ここ何年かの盛り上がり、何かありそうですよね?しかも約8~9割が館山市外からの応募というのですから、見過ごすわけにはいきません!ランナーをそこまで惹きつける若潮マラソンの魅力ってなに!? さっそく迫ってみたいと思います。

(2011/11掲載:H)

若潮マラソンってどんなマラソンなの?

 若潮マラソンは、昭和56年(1981)から館山市で始まったマラソン大会。第一回大会では、「20キロの部」と「10キロの部」の2種目でしたが、その後距離を増やし第6回(1986)から「フルマラソンの部」が誕生、第7回(1987)では日本陸上連盟公認のコースとなりました。第15回大会から親子などの家族でマラソンに親しんでもらおうと「ファミリーの部」を新設し、現在32回大会では
・フルマラソンの部
・10キロの部
・ファミリーの部(2キロ)
と3種目を楽しむことができます。コースは以下の通り。

若潮マラソンMAP

 図からわかるように、すべての部がスタートしてから海岸ラインを走ることになります。ファミリーの部はすぐに折り返しとなりますが、10キロの部は「歩いて行ける無人島」として有名な「沖の島」の手前で折り返します。フルマラソンの部はそのまま海岸沿いを走り続け、20キロ地点から景色が小高い丘に変わります。同時にこの地点から高低差が広がりますので準備が必要です。30キロ地点で最高地点となりますが、そこを抜けると再び海岸が広がりますので、なんとか丘を越えられれば一安心です。その後は、行きの道の反対側をゴールに向かって走り切るのみ。大勢の観衆があなたの帰りを待ちわびていますよ!
 エイドステーションは全部で7箇所設置されてありますので、無理はなさらずに疲れたら一休みしながら進んでください。

人気の秘訣!お二人のプロに伺いました。

 さて、大体どんなマラソンなのかイメージがついたところで、じわじわと人気の理由に迫っていきたいと思います。とはいえ、ここまで歴史を築いて館山市総出で取り組んでいる大イベント!色んな方のお話を聞いてみたいものですよね。
 そこで今回は、運営側・参加者側の若潮マラソンに詳しいお二人に突撃インタビューすることで、より鮮明に若潮マラソンを浮き上がらせてみたいと思います。

館山市教育委員会スポーツ課 川名茂樹さんによる ポイント解説

―ここ数年で参加者が急増しているそうですが、どういったことがあったのでしょうか?―

館山市教育委員会スポーツ課 川名茂樹さん
館山市教育委員会スポーツ課 川名茂樹さん

川名さん:
「そうですね、応募者数の変遷を年ごとに見てもらえばわかる通り、2000年から漸減しておりましたが、2008年大会以降急激な伸びで応募が殺到し、今回2012年大会の速報では08年以前の約2倍となる10102人の方の応募が集まりました。」

①東京マラソン開幕によるランニングブーム

「この理由はいろいろ考えられますが、まず始めに影響があったのは2007年に東京マラソンが始まったことによって市民参加型のマラソン大会が大きく脚光を浴びたことが挙げられると思います。」

②自然環境に恵まれたコース条件

鏡ヶ浦と富士
鏡ヶ浦と富士

「全国的な盛り上がりをみせたランニングブームですが、なかでも若潮マラソンがこれ程までに市外からのランナーの方を惹きつける理由としては、なんといっても館山の自然環境でしょう。
 スタートして間もなくの北条海岸は、美しく波静かな特徴から別名『鏡ヶ浦』と呼ばれ、『日本の夕日百選』『関東の富士見百景』『東京湾100選』に選ばれています。また10キロ地点を過ぎますと、大島・伊豆諸島・富士山を一望することができる海岸線に入り、約6キロに渡って菜の花などの早春の花々が咲き乱れる房総フラワーラインに直結します。こちらも『日本の道100選』です。つまり、若潮マラソンのコースは、館山が全国に誇る自然の美しさを一度に満喫して頂きながらマラソンを楽しめることが大きなポイントなんです。」(館山と富士山についてはこちらの記事をご覧ください。

③フルマラソン制限時間を段階的に延長

フルマラソンスタート
フルマラソンスタート

「また、一般の方にはあまり知られていないことですが、2009年の29回開催以降フルマラソンの部の制限時間を延長してきたことも大きな要因だと思われます。若潮マラソンは、参加者の方に思う存分自然の美しさを味わっていただきながら走ることのできる貴重なマラソンコースの一つです。そのため、参加者の方には『あまりタイムは速くはないけれど、ゆっくり景色を楽しみながら走りたい』という方もたくさんいらっしゃいます。
 しかし、実際には時間延長に伴う警備や交通などの問題を解決するのは一筋縄ではいかず、29回以降段階的に延長を行うことで今の制限時間6時間を実現することができたんです。たくさんの方々の努力のもと、いざ制限時間が延長になると面白いほどに参加者が増加したことは大変喜ばしいことであるとともに、やはり参加者の多く方は若潮マラソンの『コース』を楽しみにきているということの表れだと思っています。」
(2009年大会は5時間半、2010年から6時間に延長)

④地元の人の心を尽くしたおもてなし

ボランティアのおもてなし
ボランティアのおもてなし

「当日は、館山市全体がマラソン一色になります。開催の歴史を重ねるごとに、出場者だけではなく、お迎えする市民の方々も一団となってこのイベントを盛り上げていく形ができつつあり、沿道には応援する人・ボランティアで飲食を提供される人などで溢れるんです。
 もちろん市も7箇所のエイドステーションにてスポーツドリンクや水・飴玉・中村屋(館山のパン屋さん)のクリームパンなどをお配りしていますが、市民の皆さんとの連携あってからこそのおもてなしといえるのではないでしょうか。会場となる市営グランドでは豚汁や焼き芋、おしるこなども無料で食べることができますので、是非心も身体も温まっていただければと思います。」

―準備にお忙しいなか暖かくお答え頂いた川名さん、ありがとうございました!−

(注)今年から片道一車線が通行止!

 すでに市内多くの箇所に張り紙が出されたり回覧が回っておりますが、去年まで車両通行制限だった道路が、今年から片道一車線通行止めになります。これまでランナーの方などの要望ではありましたが、交通を止めることには想像以上の問題が伴いなかなか実現いたしませんでした。それが今年、多くの関係者による積年の努力の結果、叶ったのですね~。心おきなくマラソンに集中できる点で、ランナーの方にとってはこれ以上にない朗報かと思います。ただし、片側一車線通行止なので、復路の「波左間海岸~宮城」区間のみ通行制限地帯となりますのでお気をつけください。
車両通行制限区間のお知らせ 
 このように、若潮マラソンが1万人を超える大マラソン大会に成長するに当たって、主催の館山市はもちろんのこと地元の方や参加者の方のたくさんの提案や要望があり、それを実現化させる営みがあったことがお分かり頂けると思います。5万人の館山市に1万人の参加者が家族や友人ら引き連れて遊びにきてくれるのですから、これはとんでもない一大イベントですよね。もともと好きで参加される方も、初めて来られる方にも皆さんに館山を満喫して頂くために、今後も市民や参加者が一団となって創りあげていく館山の象徴であってほしいと思いました!


若潮走友会 鈴木順一郎さんのお話

若潮走友会2012-1-8
若潮走友会

 今年で結成30周年となる「若潮走友会」というチームが館山市にあります。若潮マラソン大会出場者の中でも最も歴史が古いチームの一つで、毎年会場で行われる宣誓は走友会のメンバーの方が任されるなど、毎年大会を支えてきたチームです。
 今回は、走友会のメンバーであり、館山市で喫茶店業を長年営む鈴木順一郎さんに、若潮マラソンの魅力についてお聞きしてみました。

―若潮マラソンに参加するきっかけはなんですか?―

喫茶サンモア マスター 鈴木順一郎さん
喫茶サンモア マスター        鈴木順一郎さん

鈴木さん:
「ちょうど43~45歳頃に、今で言う『メタボ』が原因でお医者さんから肝硬変になるかもしれないなどと注意されたんですね。お店が終わるのが夜遅かったものですから、その後に好きなものを食べていたことによると思うんですが、娘もまだ小さかったですし、『まだまだ倒れてなるものか』と真剣に健康と向き合うようになりました。昔やってた野球やウォーキングなどを勧められましたが、野球は仕事の都合上休みを合わせることができず、ウォーキングは性に合わないということで何をするか決め悩んでいたんですね。
 その時にふと思いついたのが若潮マラソン。地元でやっているマラソンということで参加もしやすいのですぐに申込みました。いざ走ってみると案外面白く、これは続けてみようかなという気になったわけです。
 

ランニング風景@安房グリーンライン
ランニング風景@安房グリーンライン

 最初の2年間は健康志向で走っていたんですが、走友会のメンバーの方と交流していくと、自分よりもずっと歳上の先輩方が、ものすごいタイムで走っていることを知ったんです。60歳近い人が悠々とサブスリーで走り抜けるんですから、これには驚愕でした(笑)。それを見てその人たちと仲良くなるうちに、マラソンは歳ではなくて日々の積み重ねなんだなぁとうことがわかり、年間を通して走るようになってからは完全にハマってしまって、今年でかれこれ20年になります。」

―若潮マラソンの良さはどういったところだと思いますか?―

沖の島での練習会風景
沖の島での練習会風景

「やっぱりなんといっても他所にはない景色は大きなポイントでしょうね。年が明けてから一発目の大きな市民マラソンということで、走り初めという意義でもイチオシです。
 マラソンというのは、チームプレーではないから、参加への思いが一人一人違っているところがいいところ。スポーツは勝ち負けじゃないっていいますが、マラソンこそそういったスポーツの代表だと思います。その中でも若潮マラソンは単なる街なかを走ることと違って、日本全体で見ても有数の名所の中を走ることができるわけですから、色んなニーズに応えてくれるマラソンなんです。

マスター@喫茶サンモア
マスター@喫茶サンモア

 大体私だって最初は健康志向でマラソンを初めて、今では本気で取り組んでますけど、そのきっかけを与えてくれたのは『楽しい』とか『気持ちいい』という思いを湧きあげてくれた若潮マラソンだったと思います。初心者の人もタイムを狙っているベテランも一緒になってそれぞれの楽しさを見つけることができるマラソンが若潮マラソンだと思います。
 後は、一般の市民ランナーが金さんなどのスペシャリストと一緒に走れることもすごい醍醐味ですよ!仮装している選手もたくさん出場したり、地元で昔から2000個もおにぎりを握って待っててくれるお家があったりと、思わずニッコリしてしまうようなことがたくさんあります。」

―鈴木さんのマラソンにかける思いー

若潮走友会練習風景 北条海岸沿い
若潮走友会練習風景 北条海岸沿い

「先ほどもいいましたが、始まりは健康志向からだったんですが、自分よりいくつも歳上の先輩方が例えば『80歳になるまで1時間以内で10キロ走りきる』だったり『サブフォーでゴールする』といって月何百キロも走っているのを見て、かなりの衝撃と感動をうけました。そんな先輩をみてきたのでマラソンに歳は関係ないということが身にしみてますし、目標タイムに到達しなかったからといって歳のせいには絶対にしないと思っているんです。
 ただもちろんこうして毎日走ってきた中で挫けそうになったこともあります。一時は走友会から離れようと思ったことも。そんなことをつぶやいた時に娘にこんなこと言われたんです。

フラワーライン 菜の花
フラワーライン 菜の花

『お父さんからマラソンとったら何が残るの?』ってね(笑)。それもそうか…(笑)と思って続けてみる中で、改めて会のみんなと高め合うことの喜びに気づきました。
 タイムを競い合ってからかってみたり、上辺は冗談ばかり言って和気あいあいとやっておりますが、いざ走り出すとみんな真剣に自分と向き合って取り組んでいます。だからこそ世代を越えた付き合いができるので、応援にきてくれた家族の方やお友達なんかとどんどん繋がっていくことができて、それも含めて全部宝物です。今となっては私も最年長グループですが(笑)マラソンをやってきて良かったなぁというこの気持ちを次の世代の人に伝えていきたいと思っています。

若潮マラソン ゴール
第31回若潮マラソン ゴール

 あと、マラソンをやっている方ならわかると思いますが、続けてみて身体が思うように動くようになると、たま~にこのままずーっと走っていられるんじゃないか?という不思議な状態になることがあるんです。これを『ランナーズハイ』というのですが、あの感覚は格別!一度なったらやみつきですよ!」

 

 若潮走友会は、大会開催当初から若潮マラソンと共に育まれ大会を支えてきた老舗チーム。マラソンというスポーツならではの魅力や楽しみ方を若潮マラソンに出場する中で発見してこられたんですね。鈴木さんのお話からは、まだまだここに載せきれないほどの若潮マラソンの魅力を教えて頂きました。ご興味ある方は是非「喫茶サンモア」のカウンターで、マスターに直接質問してみてください!館山の歴史も含めて色んなお話が聞けますよ。
 また「若潮走友会」も随時メンバーを受け付けています。現在は20代から88歳のおじいちゃんまで、60名もの会員のみなさんが世代を越えて練習に励んでいます。3ヶ月に一回発行される「走友会だより」はなんと今回で173回目!すごいですね~ 写真なども見られますので、HPもチェックしてみてください。→若潮走友会
喫茶サンモアはこちら↓

喫茶 SUN MORE 地図
喫茶 SUN MORE 地図

 


参加者の方へ

子どもレポーター出動!

 
 10人の小学生が子どもレポーターとしてランナーの方に突撃インタビューします。もしマイクを向けられた方は可愛らしいレポーターに温かくお答えいただけるようよろしくお願いいたします。
子どもレポーター出動!

2012年第32回若潮マラソン子どもレポーター速報(館山市生涯学習課ブログ)です!!

 潮風が菜の花を揺らす中、約9000人(応募者10120人)ものランナーがそれぞれのコース時間に分かれてスタートしました。前日にはコース上文化財の勉強もして、準備万端の子どもレポーターさん達も3班に分かれてランナーさんを応援&取材に向かいました!始めの方は慣れない取材に戸惑ったところもあるかもしれませんが、めげずにアタックを重ねる内にみんな名レポーターに変身☆彡アドリブでどんどん質問していましたよ。
 ランナーの方も休憩中や走り終わったあと、快く取材を受けてくださりありがとうございました。当日の様子が以下の館山市生涯学習課のブログページにリンクされておりますので、是非一度読んでみてください!本当に色んな場所でドラマが繰り広げられた一日、ランナーのみなさん・応援のみなさん・スタッフ/ボランティアのみなさん、本当にお疲れさまでした!!そして素敵な思い出の一ページをありがとうございました。また来年も館山で会いましょう!!

第1班:市民グランド

第2班:西岬

第3班:南房パラダイス

子どもレポーターさんたちの作ったスライドショーが公開(館山市生涯学習課作成)!!

● 清本拓人さん(館山市立館山小学校5年生)の作品

● 増田冴さん(館山市立那古小学校5年生)の作品

● 渡辺可南子さん(館山市立北条小学校6年生)の作品


● 中川原和葉さん(館山市立館山小学校5年生)の作品

● 田辺玲花さん(館山市立西岬小学校6年生)の作品

● 川上栞音さん(館山市立北条小学校5年生)の作品

● 前川渚生さん(館山市立館山小学校5年生)の作品

たてやまGENKIナビ ノベルティグッズいよいよ完成!?

 
 時間をかけて選定しておりましたノベルティグッズが決定!若潮マラソンで地域レポーターがお配りしておりますので、どうぞお持ち帰りください。ノベルティグッズの中身については、来週公開予定です。

なるべく公共交通機関のご利用をお願いいたします。

 すでにご案内が届いていることかと思われますが、当日は駐車場に限りがございますので、なるべく電車やバス等の公共交通機関のご利用をお願い致します。今年は1万人を超える参加者となり、そのご家族やご友人の方も考えると例年以上に車道が混雑することが見込まれております。若潮マラソンに合わせて、東京⇔館山間バス房総なのはな号も増便しておりますので、是非ご協力ください。

 

館山でスポーツ、いかがですか?

総合型地域スポーツクラブ
「館山ファミリースポーツクラブ”わかしお”」

 文部科学省が推進している、会員で自主的に運営する”総合型地域スポーツクラブ”が館山に誕生しました。クラブには多種目が用意され、だれでも、自分の好きなときに何種目でも参加することができ、活動を通して、健康づくり・生きがいづくり・仲間づくりを大きな目的としています。クラブの活動には、会員登録をして参加するか、体験参加することが出来ます。随時、会員募集中です!
 
 毎月の活動予定は
・市広報誌「だん暖たてやま」
・会報(市役所や各教室に置いてあります)
市役所HP(スポーツ課)にてお知らせします。
 詳しくは
事務局(館山市教育委員会スポーツ課内)
Tel: 0470-22-3696までお尋ねください。

 恵まれた自然に囲まれた館山は、スポーツをするには抜群の環境といえるでしょう。

なぜトライアスロンアジア選手権が館山であるの?

2011 ASTC Asian Championships Yilan 写真提供=JTU
2011 ASTC Asian Championships Yilan 写真提供=JTU

 今年1月に行われた若潮マラソン大会に続き、トライアスロンアジア選手権大会という巨大イベントが4月7・8日に館山にて開催されます。今回の選手権は、ロンドンオリンピックへの切符がかかった重要な決定戦ということもあり、大きな注目が集まっています。日本での開催は、92年の茨城県波崎町、2000年の愛知県蒲郡市に続き、3ヶ所目。この広いアジアの中で館山が開催地に選ばれたのはなぜなのでしょうか?

(2012/03掲載:H)

トライアスロンってどんなスポーツ?

トライアスロン=トライ(tri-)+アスロン(athlon)

トライアスロンとは、ギリシャ語の数字「3」を意味する接頭辞tri-と「競技」を意味するathlonの合成語で、英語発音に従ってトライアスロンと呼ばれるようになったスポーツです。3が意味しているのは、「水泳」「自転車」「ランニング」の3種目。つまり、トライアスロンは3種目を同時に競い合う複合競技なのです。

2010年ハワイアイアンマン大会 写真提供=JTU
2010年ハワイアイアンマン大会      写真提供=JTU

トライアスロンの歴史はまだ浅く、世の中に誕生したのはなんと1974年。アメリカ合衆国カリフォルニア州サンディエゴ市のとあるクラブのメンバーが行なったことが始まりです。その4年後、1978年にハワイのオワフ島で開催された「ハワイ・アイアンマン大会」が注目を浴びたことで世界各地でも行われるようになり、2000年のシドニーオリンピックでは正式なオリンピック競技として登録されることになります。誕生して間もないながら、急激に人気を得ているスポーツであることがわかりますね。

コラム「アイアンマンってどこからきているの?」

レースは「スイム(水泳)」→「バイク(自転車)」→「ラン(ランニング)」の順で行われ、他の競技と同様にさまざまな距離があります。以下の表をみてみましょう。

国際トライアスロン連合(ITU)の規格
国際トライアスロン連合(ITU)の規格

アイアンマンレースとも呼ばれるように、過酷なスポーツとして有名になったトライアスロンですが、現在では上記のように個々の体力レベルに合わせたさまざまな選択ができるようになっています。また、そもそも水泳と自転車、またランニングという役割の異なった筋肉を動かすスポーツということで、新陳代謝を高める効果が抜群に良いという評価がなされています。今では生活習慣病の改善などでも注目を集め、健康維持の目的で参加する方も数多くいらっしゃるとのこと。
よく考えてみれば3種目といっても水泳・自転車・ランニングともに特殊な用具を必要としない身近なスポーツということで、意外にもフィットネスクラブなどで気軽に指導されているのですね。バランスのとれた肉体美や健康増進を目指して、トライアスロンに挑戦してみませんか?

館山でトライアスロンアジア選手権大会が開かれるのはなぜか?

さて、競技内容について大まかにわかったところで、さっそく今回の謎の答えに入りたいと思います。
大会事務局へ直接問い合わせた所、以下のような解答を頂きました。

ASTCトライアスロンアジア選手権(2012/館山)

①綺麗で波静かな海
「本大会開催地を決めるに当たって、手を挙げてくださったいくつかの市がありましたが、アジアトライアスロン同盟による選定会議を重ねた結果館山市に決定いたしました。その理由としては、1つはやはり『海』です。館山の海は波静かで透明度が高く、水泳のコンディテョンに適しているとともに、美しい日本の海をアピールすることができます。4月のこの時期に水温が比較的暖かいことも指摘されていました。」

②都心からのアクセスの良さ
「次に、国際大会ですので交通の便は重要なポイントです。館山には都心から直通のバスが出ておりますし空港からも近いので、選手や観客の方には移動のストレスを感じることなく大会に集中して頂けることでしょう。」

③タテトラの存在!
「そして3つ目は大会実績ですね。館山には『館山若潮トライアスロン大会』(通称タテトラ)という大会が2010年から2度開かれており、大会の実施データが揃ったことも今回の決定に大きく関わっています。」

鏡ケ浦(北条海岸)
鏡ケ浦(北条海岸)

なるほど…。館山湾は波静かで景色がきれいに反射することから別名「鏡ヶ浦」と呼ばれておりますが、海で水泳するにはもってこいの環境といえます。
また黒潮が通過するために海水温は比較的温暖で、4月でもウエットスーツを着ていればさほど寒さは感じません。

館山へのアクセス
館山へのアクセス

交通の便ですが、館山駅へは東京・横浜・千葉・羽田などから直通の高速バスが出ているので、都心部からの距離の割りにさほど時間がかからないところも決定要因となりました。
「房総なのはな号」を利用すれば東京から館山駅までなんと約90分で往来できますので驚きです。当日はJR特急「さざなみ号」も増便していますので、是非ご利用ください。

館山若潮トライアスロン大会
館山若潮トライアスロン大会

そして最後に、「館山若潮トライアスロン大会」の存在。1月の若潮マラソン大会に続き、毎年夏には若潮トライアスロン大会が開催されていることご存じですか?
まだ始まって2年目ということですが、競技の歴史が浅い中、すでにトライアスロン大会を開催する土壌が出来上がっていたということも、不測の事態を軽減させる上では有利な点だったということでしょう。

それでは、ここでアジア選手権大会を誘致するにあたって布石となった館山若潮トライアスロン大会とは何かご覧になっていただこうと思います。

館山若潮トライアスロン大会

館山若潮トライアスロン大会

日程:2012年7月8日(日)
会場:千葉県館山市 沖ノ島/海上自衛隊館山航空基地 特設会場
募集人数:1000名

競技種目 距離
51.5Km部門 スイム:1.5Km、バイク:40km、ラン:10km
25.75km部門 スイム:750m、バイク:20km、ラン:5km
タテトラガール51.5Km部門 スイム:1.5Km、バイク:40km、ラン:10km
タテトラガール25.75km部門 スイム:750m、バイク:20km、ラン:5km
タテトラキッズ小学生の部(4~6年生) スイム:200m、ラン:1.5km
タテトラキッズ中学生の部 スイム:400m、ラン:1.5km
リレー部門(1チーム3名) スイム:750m、バイク:20km、ラン:5km

競技種目は、オリンピックディスタンス(51.5km)やスプリントディスタンス(25.75km)に加え女性限定やキッズ限定の種目が設けられ、誰でもトライアスロンを楽しめる大会となっています。場所は、「歩いて行ける無人島」として有名な「沖ノ島」と館山航空自衛隊の敷地内。サンゴ礁の北限としても知られている綺麗な海で夏の館山を満喫する絶好の機会ではないでしょうか。
開催2年目で前年比倍の応募者が集まる等すでに人気のトライアスロン大会となっており、4月30日までエントリー受付中です。是非お早めにチェックしてみて下さいね。

<Tate-tra photo gallery>

tate-tra photo gallery
クリックするとジャンプします

 

トライアスロンアジア選手権大会 参加者の声を聞いてみました!

頭では理解しても、水泳と自転車そしてランニングを合体させたこのトライアスロンがどんなスポーツなのか、なかなかイメージすることができない方も多いはず。そこで、今回は、この4月7・8日のアジア選手権大会にシチズン・スプリントディスタンスの部で出場される一般の参加者の生の声をお聞きすることができましので、ご紹介します。

フルマラソンスタート
本田京子さん(手前) 研修中の飯田花農園にて

取材させて頂いたのは、今回でトライアスロン大会出場3度目という本田京子さん。
この方宮城県石巻市出身で、なんと今年の1月に前職を退職されて宮城県松島町から花農家になるために、現在館山で研修を積んでいるそうなんです。

トライアスロンを始めたきっかけは何ですか?

バイクで出勤中の本田さん
毎朝バイクで出勤中

「先輩である石巻トライアスロンクラブの皆さんが夢に向かって楽しんでトレーニングされる姿勢に魅せられ、またキラキラした表情でのトライアスロンの話にワクワク感を頂き、私も目標を達成することの気持ち良さを体感したいと思い始めたんです。」

これまでにどんなレースに参加したんですか?

「一昨年に岩手の釜石で行われた大会で初めて出場して、去年8月には会津トライアスロンに参加しました。初めての時はとっても緊張したんですけど、先輩がいろんな助言をくれて、ゆっくり楽しんで参加することができたんです。今ではもうトライアスロンに首ったけといった感じで、こちらで研修している間に今回の館山トライアスロンアジア選手権大会のことを聞いて、すぐにエントリーしました。」

トライアスロンの面白さってズバリ、なんだと思いますか?

2011年うつくしまトライアスロンin会津①
2011年うつくしまトライアスロンin会津①

「いっぱいあって伝えきれませんが、私の場合マラソンをもともと好きでやっていたので、水泳、自転車で出遅れてしまった所を、最後のランで挽回できる瞬間が快感です。
ひとそれぞれに特技みたいなのがあると思うんですけど、トライアスロンの3種目はどれも特徴が違うので、自分の得意分野が必ず見つかるような気がします。スポーツって大体1つの種目で完結してしまうので、個人の趣味で固まってしまうところもあると思いますが、トライアスロンはこの3種目でいろんな人たちが集まるので、楽しいのではないでしょうか。
あと、スタートしてから山あり谷ありじゃないですが、水泳やって自転車こいで最後に走ってゴールする時の感動は言葉で表現しきれないものがあります。これはトライアスロン特有のカルチャーなのかもしれませんが、家族や知り合いと手を取り合ってゴールすることができるんです。競争というよりも、一人一人が頑張って目標に到達することを大事にしてくれている競技だと思うんですね。こんな所も大好きな理由になってます。」

これからトライアスロンを始める方に一言お願いします

2011年うつくしまトライアスロンin会津②
2011年うつくしまトライアスロンin会津②

「トライアスロンって3種目やるので『きつい』って印象があると思うんですけど、全然そんなことないんですよ。気軽に最後尾からスタートしてゆっくり景色を味わいながら海に入って、風を切って自転車をこいで、ジョギングしてゴールすることもできますし、バラエティに富んだ楽しいスポーツです。」

「もちろん本気で挑戦することもできます。それはそれで、世界一過酷なレースと言われただけのことはあり、精神力が鍛え上げられます。
私の場合は、3.11の震災にて両親と住む宮城県松島町の自宅はほんとんど被害がなかったものの、不安や無気力感が漂う中、復興への思いで前回の会津大会に参加しました。諦めない強い心と前向きな目標をもって震災を乗り切ろう!そんな願いも込められるスポーツだと思っています。」

震災を間近に経験した中、花農家を目指して南房総への移住を考えている本田さん。館山でのトライアスロンは初めてですが、参加申し込み時に館山市役所の方や千葉県トライアスロン連合の方にとてもお世話になったこということ、現在研修をしているカーネーション農園の方や地域の沢山の方への感謝でいっぱいということで、すでに館山が大好きになったそうです。
本田さんのお話からトライアスロンがだいぶ身近に感じられるようになりました。3種目の複合スポーツということで様々な畑にいる方々が一緒に楽しめるスポーツであり、また一人一人が紆余曲折した旅路を乗り越えてゴールすることに醍醐味を感じられるレースなのです。ご興味ある方はJTUのホームページや、トライアスロン雑誌LUMINA等関連図書(本記事は『誰でもできるトライアスロン』学研2006年参照)をお読みになってみてください。新しく生まれたスポーツならではの楽しみ方が存分に感じられ、きっとあなたもトライアスリートになってみたいと思うことでしょう!

 

ASTCトライアスロンアジア選手権を応援にいこう!

大会の詳細については、ASTCトライアスロンアジア選手権の公式HPに随時更新されておりますので、こちらをご覧ください。

大会HPへ
大会HPへ(クリックするとジャンプ)

館山トライアスロンアジア選手権大会

日時 2012年4月7日(土)~8日(日)
場所 館山市北条海岸周辺特設コース
問合せ先 大会全般に関する問合せ
ASTCトライアスロンアジア選手権(2012/館山)実行委員会
(館山市教育委員会スポーツ課内)電話0470-22-3221
(月~金/9:00~17:00祝日を除く)

駐車場はどこ?

会場・駐車場案内 (ASTCサイトより)
会場・駐車場案内 (ASTCサイトより)

日程
4月7日(土)
・エリート(ジュニア女子/男子、U23女子/男子、エリート女子/男子)

8:00~10:15 [U23男子]競技
8:05~10:15 [U23女子]競技
9:15~10:20 [ジュニア男子]競技
9:20~10:30 [ジュニア女子]競技
10:30~12:40 [エリート女子]競技
13:10~15:10 [エリート男子]競技

4月8日(日)
・エリート(チームリレー)
・エイジ(年齢別選手権)
・シチズン(一般)
・パラトライアスロン(ハンディキャップ)

8:00~10:00 [パラトライアスロン]競技
9:00~12:30 [エイジ]第1ウェーブ競技(50歳以上/女子)
9:05~12:35 [エイジ]第2ウェーブ競技(40歳~49歳)
9:10~12:40 [エイジ]第3ウェーブ競技(39歳以下)
9:15~12:45 [シチズン]
12:35~13:45 [チームリレー]競技

詳細は館山市役所HPスポーツ課へ

 

なぜ館山には海のイベントが多いの?

ビーチフラッグス

海の町たてやま。
初夏から夏にかけて館山の海岸では数々のイベントが開催され、
海と人とが直接触れ合うためのきっかけづくりにひと役買ってくれています。
これらのイベントには海での遊び方のヒントが盛りだくさん。
夏を控えた今、館山の海とビーチについて考えてみました。

(2012/06掲載:K)

館山の海はイベントが盛りだくさん!

6月に入り、館山にもいよいよ夏の足音が聞こえてきました。市内にある6つの海水浴場では毎年7月中旬から下旬にかけて海開きを迎えますが、それに前後してビーチではさまざまなイベントが開催されます。
日付順に追ってみますと・・・(下記は2012年開催状況)

6月16日(土)~17日(日)
OCEAN+FEST TATEYAMA(オーシャンフェスタ館山)
7月1日(日)
たてやま海まちフェスタ
7月28日(日)
館山わかしおトライアスロン(通称タテトラ)
6月24日(土)
北条・沖ノ島・波左間(はさま)海水浴場オープン
7月15日(日)
オープンウォータースイミング ジャパンオープン2012 館山
7月15日(日)~16日(月)
第22回館山オープンウォータースイムフェスティバル
7月21日(土)
船形・那古・新井海水浴場オープン
7月29日(日)
第46回鏡ヶ浦横断遠泳大会
8月8日(水)
館山湾花火大会
9月9日(日)
第3回平砂浦コースタルフェスタ(サーフィン大会)

いかがでしょう? 6月中旬から9月上旬まで、イベントがぎっしりと詰まっていますね。特に7月は毎週末何かしらのイベントがあり、これに大小さまざまな祭りが加わりますので、夏の館山はおまつり一色になるのです。

なぜこんなにイベントが多いの?

北条海岸

こんなにイベントが多いのは、館山の海岸線がさまざま表情を持っているというのも理由のひとつになっているようです。たとえば、船形、那古、北条、新井海岸は鏡ヶ浦に面しており、強い西風が吹かない限り1年を通して波が穏やかです。海岸線には駐車場やトイレなども整備されているので、海水浴以外にもさまざまな楽しみ方が可能です。

 

沖ノ島

沖ノ島は砂州によって本土とつながった無人島で、砂州の両側が海水浴場となっています。島そのものは磯で囲まれており、スノーケリングてサンゴや熱帯魚を見ることもできます。
波左間や坂田など西岬地区の海岸は、砂浜と磯が混在しているので海水浴のついでに磯遊びも楽しめます。こちらも波は比較的穏やかで、外海にも近いため海の透明度も高く、海岸ではビーチコーミングなども楽しめます。

 

坂田海岸

そして洲崎から相浜にかけての海岸線が平砂浦海岸。こちらは遊泳禁止ですが、サーフスポットとして知られています。夏ともなれば多くのサーファーが訪れ、雄大な景観と波を楽しんでいます。そして相浜にも海水浴場があります。それほど大きくないものの目の前には伊豆大島や富士山を望むことができ、こちらも磯遊びが可能です。

 

平砂浦海岸

このように館山の海岸にはそれぞれ個性がありますが、多くのイベントが行われるのは北条海岸や新井海岸など、館山駅からも比較的近い場所にあるビーチです。そして、夏のシーズン到来を告げるイベントがOCEAN+FEST TATEYAMA(以下オーシャンフェスタ館山)。今回はこのイベントに注目しながら、館山のビーチの魅力を考えてみたいと思います。

海を身近に! 館山サーフクラブの思い

このオーシャンフェスタ館山をプロデュースしているのは、館山の8つの海水浴場のパトロール業務をこなしてくれているTATEYAMA SURF CLUB(以下館山サーフクラブ)の皆さんです。「館山スポーツ大使」でもある飯沼誠司さんも所属する団体で、今回は飯沼さんとともにこのクラブを立ち上げた、理事の佐藤和伯(さとうかずのり)さんに話をお聞きすることにしました。
クラブが発足するきっかけとなったのは、2004年の夏に佐藤さんたちが館山の海水浴場のパトロール業務を任されたことにあります。それまでは館山のことをほとんど何も知らなかったそうですが、ひと夏過ごしてみるとそのポテンシャルの高さに驚いたといいます。ポテンシャルとは海の透明度や海岸線の雰囲気、そして開放的な空気感など。館山の海を気に入った佐藤さんたちはその翌年、クラブを発足することになります。
もともとライフセービング競技などを通して日本はもちろん世界のビーチを転々としていた佐藤さんたちが活動のヒントにしたのは、オーストラリアの海だったといいます。オーストラリアでは、海そのものが日本とは比べものにならないぐらい市民の生活に浸透している様子を目の当たりにしました。たとえば、海は市民活動のフィールドのひとつとして確固たる地位を築いており、そのベースとしてのクラブハウスがあるなど海を楽しむための施設の充実ぶりに驚いたそうです。そんな思いがあったうえでの館山との出会い。最初に館山で過ごした翌年、館山サーフクラブが発足し、やがてオーシャンフェスタ館山というイベント開催へとつながっていきます。
オーシャンフェスタ館山のヒントは、ハワイで行われているオーシャンフェスティバルというイベントでした。これはホノルルで行われているもので、大会期間中は市内いたるところでさまざまな催しが開かれ、海岸では各国ライフセーバーたちのレースが開催されていたそうです。

オーシャンフェスタ館山からビーチ遊びの楽しみ方を探る

ビーチ綱引き

ではここでオーシャンフェスタ館山の内容について見ていきましょう。まず、このイベントは大きく分けると3つのクラスからなっています。まず最初にエリートの部。これは海や水に関わる「アスリート」たちの戦いで、佐藤さんや飯沼さんも親しんできたライフセービング競技の選手やトライアスリート、水泳選手などが集まり、いわゆる「海のNO1」を決めるというもの。競技は男性3人、女性1人の4人一組による団体競技。ビーチを走る「ビーチリレー」、ランとスイムの複合競技である「オーシャンズサバイバル」、ハワイアンカヌーによる「アウトリガー」、ビーチで行う「ビーチ綱引き」、ラン、スイム、ボード、SUP(スタンダップパドル)の4種目による「オーシャンズリレー」など、いずれも海と砂浜をフルに使った競技ばかりで、その迫力には圧倒されます。

アウトリガー

次に一般の部。これは市内外から広く参加者を募る大会で、「ビーチフラッグス」や「アウトリガー」、「ビーチ綱引き」「ビーチリレー」「SUP(スタンダップパドル)」「ビーチ相撲」などが予定されています。また、キッズの部では競泳オリンピックメダリストによる「スイムクリニック」や「アウトリガー」「ニッパー」などのほか、「ビーチフラッグス」、「ラン・スイム・ラン」のレースが予定されています。今年は現役の十両力士がサプライズゲストとして登場予定で、「お相撲さんと勝負!」できる催しも開かれるそう。こちらもお楽しみです。

キッズのスイムクリニック

このように大人から子どもまでが楽しめるイベントですが、この中にもビーチを使った遊びのヒントが隠されていそうです。たとえば、アウトリガーやスタンダップパドルは、特別な道具が必要にはなりますが、波穏やかなビーチでは遊ぶには最適といえそうです。また、「ビーチ綱引き」は運動会で知られる綱引きを少人数化してビーチで行うだけのものですが、足場が砂に変わるだけで一味違った盛り上がりをみせる競技に変身します。これは「ビーチ相撲」にもいえることですが、すでに競技として確立している「ビーチバレー」や「ビーチサッカー」などと同じように、今後ビーチ競技として定着するかもしれません。ほかにも、舞台をビーチに移すだけで違った趣が出る遊びもいろいろありそうです。海水浴に訪れた際には、いろいろと試してみてはいかがでしょうか。

館山の海の守り神、館山サーフクラブ

波左間海水浴場

上述したように、7月中旬から順次館山市内8ヶ所の海水浴場がオープンするわけですが、その海水浴場のパトロール活動を任されているのが館山サーフクラブです。パトロール活動には、遊泳者への安全指導や監視、けが人の応急手当、人命救助などが含まれ、さらにはクリーンなビーチを目指しビーチクリーン活動なども行っています。
このクラブの趣旨は館山の海水浴場を拠点に水・海・自然が好きな人が集える総合的なクラブ作り。現在80名ほどの会員がおり、うち20名はジュニア会員で、月2回の活動を通して海や水との接し方などを学んでいます。また、ライフセービング競技にも力を入れており、一昨年は12名の日本代表選手のうち5名がこの館山サーフクラブのメンバーだったほど。また、今年度はライフセービングプール日本選手権で総合優勝するなど国内屈指のクラブといえます。
夏の海水浴場では、ビーチの大きさにもよりますが、だいたい2名~8名がチームとなってパトロール活動を行います。ひと口にパトロール活動といっても場内のアナウンスや応急手当などさまざまな要素があり、必ずしも屈強な体力や高度な技術が必要なわけではないそうです。クラブのメンバーのほとんどは館山市外在住ですが、夏のパトロール活動では全体の1~2割ほどは高校生など地元のアルバイトの方が受け持っています。彼らの経験は、館山サーフクラブの活動を世間に浸透させることにもひと役買ってくれており、今後も海を愛する人がもっと増えてくれればと考えています。

館山サーフクラブが見る館山の海

発足メンバーの一人でもある佐藤さんは、この春、東京から館山へと居を移し、今後は館山での活動を本格化させていくつもりだそう。そんな佐藤さんに館山の海の印象についてお話しいただきました。
まず、上でも述べたとおり、ポテンシャルの高さはかなりのものを持っていると考えています。たとえば、館山の海岸線には多くの無料駐車場がありますが、これは他の地域ではあまり見られないほど恵まれた環境だといいます。また、北条海岸を中心とした海岸線も、他の人気リゾートビーチに負けない雰囲気をもっており、今後はさらに洗練されたものになっていくはずといいます。また、海水浴場という意味では、アクセスの関係もあってかファミリー層が多く、安心・安全、品行方正なビーチという印象が強いそう。
昨年の地震の影響を差し引いても近年ではレジャー客の海水浴場離れが進んでいることを実感しているそうですが、その理由のひとつとして海は危険なものだという認識から子育て世代の親があまり行かなくなったことが大きな原因ではと分析します。親世代があまり海と親しんでいないために子どもを海に連れて行けないのではというもので、実際のところ海のレジャーには危険が伴い、全国では毎年のように命に関わる事故が起きています。だからといって海から足を遠ざけるのはもったいない話で、こんなにきれいな館山の海の魅力が活かしきれていないと嘆きます。
今後はこれまでに培ったネットワークをフルに活用して、「海から笑顔に」を合言葉に海での遊び方、楽しみ方をより多くの人に理解していただくよう活動していくとのこと。館山の海が全国のビーチリゾートを牽引する、いつかそんな日が来るのかもしれません。

海水浴、ここに気を付けよう!

最後になりましたが、夏の海を訪れる人のためにライフセーバーとしての目線からいくつかアドバイスをいただきました。この言葉を参考に、安全な海遊びのプランを練ってみてはいかがでしょうか。

快適に過ごす
ビーチを最大限楽しむためには快適な環境が必要です。木陰などがないビーチでは簡易テントやビーチパラソルでしっかりと日陰をつくり、熱中症、日焼け対策は万全に行ってください。水分補給も忘れずに。
子どもから目を離さない
日常から離れた場所に置かれたお子さんは、親が思う以上に興奮していることが多いです。ビーチでは絶対に目を離さないようにしてください。
飲んだら泳がない
夏の海での冷たいビールはなんとも魅力的ではありますが、水に入るならアルコールは控えてください。飲酒してのスノーケリングはもってのほか。海の事故の多くは飲酒が一因であり、毎年多くの人が命を落としています。

なんだか固い話になってしまいますが、海を楽しむためには安全確保は絶対に必要です。起こりうる危険を回避するためにも、しっかりと準備して海にでかけてみてください。

館山市ホームページへ 

TATEYAMA SURF CLUBホームページへ

なぜ館山では毎週のように祭りがあるの?

夏から秋にかけて、館山では週末ごとにお祭りに遭遇します。
神輿を担ぐ男たちの熱気、山車で奏でられる軽やかなお囃子。
この日を1年間待ちわびた思いが、見ているこちら側にも伝わってくるようです。
なぜ館山にはこんなに祭りが多いのでしょう?
今回は館山の祭りについてのレポートです。

(2012/06掲載:K)

その数80! 館山の祭り

洲崎神社のお浜出

そもそも祭りとは「五穀豊穣」や「大漁追福」、あるいは「商売繁盛」を祈願するもので、神社などが主体となって地域総出で行われるものでした。戦後の高度成長期以前は農業や漁業など、共同体内部で多くの世帯が同じ生業を営んでいたこともあり、祭りは地域の通年行事として非常に重要な役割を果たしてきました。それが、時代の移り変わりとともに共同体の人々が多様な職業をもつようになり、祭り自体も祈願の場としての意味合いが少しずつ薄れ、変わって娯楽性が追及されるようになります。それが現在各地に残る祭りです。
これらの祭りは、地区ごとに開催日が固定されており、毎年同じ日に行われるのが一般的でした。年に一度のハレの日なわけですから、当然仕事はお休み。祭りにすべてのエネルギーを捧げるということがごく普通に行われていました。ところが生活スタイルの多様化が進むにつれて、共同体すべての人が祭りを生活の中心に据えることが難しくなり、毎年固定日に行うことが難しくなります。つまり年によって固定日は平日にあたることが多いわけですが、これを誰もが休みをとりやすい週末にずらして開催するようになったのです。これは都市部では顕著に見られます。
館山市においても、平日を避け、前後の週末にずらす地域もあります。また、若者が都心に出るなどして祭りの担い手が減ったことで、人手が必要な神輿を出せなくなった地区もあります。それでも各地区が工夫を凝らしながら、その伝統の祭りは守られてきました。
現在の館山市の人口は5万人足らず。市としては決して大きくはない規模ですが、市内はいくつもの地区に分かれており、70~80の地区が独自の祭りを運営しています。ちなみに現在館山市にある神社は、伊勢神宮を本宗と仰ぐ神社庁包括神社だけで88社。全国では約40000社、千葉県だけでも3154社もあります。安房でいうと南房総市141社、鴨川82社、鋸南町21社となっており、これらと比べると、神社の数が突出して多いわけではないようです。それでもこれだけ多くの祭りを維持できているのは地域全体が豊かだったことの表れともいえるでしょう。
館山を含む安房地域は、江戸時代にすでに人口10万人ほどもいたそうです。これは現在とほぼ同じ数字であり、他の地域と比べると人口密度も群を抜いて高かったようです。このことからもこの地域の豊かさを伺い知ることができます。

勇壮な神輿、華麗な山車。祭りの花形は4種類

祭りが神事である以上、その本来の目的は神への祈願ということになりますが、祭りの花形はやはり各地区自慢の山車や神輿ということになります。館山市の祭りでは山車、神輿のほか屋台、御船があり、地区によっては複数所有しているところもあります。まずはこれらがどのようなものなのか、順に紹介していきましょう。

神輿(みこし)

洲崎神社の神輿

神の輿ですからこれは神様の乗り物で、神殿に見立てた形をしています。下部に渡された担ぎ棒に肩を入れて担ぎ、左右に大きく揺らす「もみ」、高く差し上げる「差し」などのアクションがあります。担ぎ棒2本の2点棒と、その外側に「とんぼ」と呼ばれる棒を1本ずつ挿した4点棒の2タイプあり、2点棒の方が左右の振り幅が大きく、より迫力のある「もみ」を楽しめます。また、2点棒はせまい道幅に合わせた形ともいえます。2点棒の神輿を担ぐときは担ぎ棒の内側に担ぎ手が入ることが原則です。これによって細い道を通ることも可能で、さらに万が一神輿が横に倒れたときにも神輿の下敷きにならずにすむという気遣いからです。

山車(だし)

4基の山車(館山のまつり)

車輪が付いたもので、山車本体から延びた綱を引いて町を練り歩きます。いわゆる「人形せり出し型」という構造をしており、二重になったやぐらに刺繍を施した幕をめぐらし、中には人形が立っています。中央前方には囃子舞台があり、大太鼓(大胴)、小太鼓(しめ太鼓)が2つ、笛、鉦(かね)の組み合わせでお囃子を奏でます。館山市の祭りで奏でられるお囃子はだいたい共通しており、「しちょうめん」「ぴっとこ」「ばかばやし」「さんぎり」「かまくら」などがあります。

屋台(やたい)

志久の屋台(那古観音まつり)

山車と同じく車輪がついたもので、屋根があるのが山車と異なるところです。前半分に人形を飾り、あるいは踊り舞台を設置し、後ろ半分に囃子方が乗ります。これは踊りや囃子を演じる置き舞台を、いつの時代か可動式にしたのが始まりと言われています。

御船(おふね)

柏崎の曳船(館山のまつり)

車輪をもった飾り船。山車や屋台ほど多くなく、館山ではわずか5台を数えるのみとなっています。曳舟(ひきふね)ともよばれ、いずれもかつての漁師町に残ることから漁船をかたどったものだと思われがちですが、軍船やあるいは徳川時代に将軍家が舟遊びに使った「御座船(ござぶね)」をかたどったもののようです。お船ではお囃子が奏でられ「お船歌」をもつものもあります。また地区によっては青年や子供が踊りを披露しています。

 

このように外観上の大きな特徴だけで4種類ありますが、実際には地区それぞれの山車や神輿に個性があり、ひとつとして同じものはありません。大きさ、高さもまちまちですし、山車では大太鼓の大きさもさまざまです。これらひとつひとつの特徴に目を配ることで祭り鑑賞はさらに楽しくなるはずです。また、これらに彫り込まれた彫刻は明治から昭和にかけて活躍した「房州後藤流」と呼ばれる彫物師たちの手によるものが多く、彫刻だけでも十分に見ごたえがあります。道すがら、あるいは休憩所で休んでいる際などに、じっくりと眺めてみてください。後藤流彫刻については別の機会に紹介させていただくことにします。

こんなに多彩!館山の祭り

数多くある館山の祭りですが、7月から8月にかけて開催されるもののなかから、規模の大きなものや特徴的なものをいくつか紹介させていただきます。

那古祭礼(那古観音まつり)
7月21日(土)~22日(日)

那古祭礼

山車5台、屋台1台の計6台が引き廻され、「お寺」の山車祭りとしてはかなり珍しい祭です。かつては那古寺の寺下の各町が独自に行っていましたが、明治30年(1897)には東藤組、大芝組、柴崎組、浜組の4地区で年番を定め、那古観音の縁日である7月18日に行われるようになりました。これに寺赤組、宿組がのちに参加し、現在の構成になっています。6つの山車・屋台の連合引き廻しや大太鼓の技を競い合うお囃子が見どころで、本祭の夜に那古寺境内で行われる年番渡しの「締めことば」も有名です。現在は7月18日のすぐ後の週末に行われるようになり、今年は7月21日からの2日間が祭礼日となります。

館山のまつり(館山地区合同祭礼)
8月1日(水)~2日(木)

館山のまつり

かつては各区の神社で個別に行われていた祭礼が、大正7年より13地区11社合同で行われるようになりました。その際に祭礼日は8月1日と2日と定まりました。大正12年の関東大震災で新井、下町の祀る諏訪神社、仲町、上町の祀る諏訪神社、楠見の厳島神社、上須賀の八坂神社が倒壊したことでこの4社を合祀することになり昭和5年に館山神社が創建されます。以降このまつりは13地区8社の合同祭礼として今日まで続いています。神輿7基、曳舟2基、山車4基が各地区から出祭。1日夕方には館山神社に各地区の神輿が連合宮入します。2日の午前中には山車・曳舟が館山神社に勢揃いした後、町内曳き廻ししに出発します。

安房神社例大祭
8月9日(木)~10日(金)

安房神社例大祭

安房国一宮である安房神社の歴史ある神事。1年間の祭典のなかで最も盛大に執り行われます。8月9日には子供神輿が、翌10日には安房神社神輿が出御し、2日間にわたって境内は大いに賑わいます。かつてはこの例祭時に近郷の洲宮、下立松原(滝口)、布良崎(布良)、日吉(神余)、相浜、犬石、八坂(中里)、熊野(佐野)、浅間(白浜)の9社からの神輿が入祭していましたが、しばらくはこの伝統も途絶えていました。今年は10日に洲宮、布良崎、日吉、犬石、八坂からの神輿と八幡神社(竜岡)からの屋台が入祭、また相浜からは囃子の奉納が行われることが決まっています。

洲崎神社祭礼
8月20日(月)~22日(水)

洲崎神社祭礼

館山の南西端、御手洗山の中腹に鎮座する洲崎神社。ホンマチは21日で、148段もの石段の上にある社殿から神輿を降ろします。神輿は万が一に備えてロープで結んではいますが、斜度でいうと30度もある石段を、「もみ」「さし」しながら降ろす姿はじつに壮観。こうして山を降りた3基の神輿は浜に運ばれ、お浜出神事が厳粛に執り行われます。またこの当日、境内において県の無形文化財に指定されている「みのこ踊り」も奉納されます。


いかがでしょうか? それぞれに見どころがあり、いずれも迫力満点の祭りばかりです。機会があれば、ぜひ生の迫力をご覧ください。

 

祭りが危ない! 存続の危機を乗り越えて

今回は特徴的な祭りの紹介にとどめさせていただきますが、実際にはもっともっとたくさんのお祭りがあります。また、9月に入ると「やわたんまち」として親しまれる鶴谷八幡宮例祭・安房国司祭が、さらに10月には「南総里見まつり」が開催されますが、これらは別の機会にじっくりと紹介させていただきます。

那古観音まつり

さて、このように壮麗な祭りではありますが、現場ではかなり深刻な人手不足が起きています。特に多くの担ぎ手が必要となる神輿でその問題は顕著に表れているようです。
通常、神社の例祭においては神輿が練り歩くのは1日だけですが、前日の準備、翌日の片づけも含めると最低3日間は作業が必要になります。勤めに出ている人にとっては3日間も仕事を休むというのはなかなか大変なので、フルに祭りに参加できる人の数は自ずと限られてしまいます。地区によっては、既にぎりぎりの人数で祭りを存続させているケースも見られます。
そんな経緯もあって、固定日開催をあきらめ週末にずらそうとする動きが出てくるのですが、そうすると今度は別の問題が浮上してきます。つまり、これまでは開催日の異なる地区の青年団の間での相互応援が頻繁に行われていましたが、週末にずらす動きが加速すると多くの祭りが同日に開催されることになってしまうのです。同日開催のメリットもあるのですが、他地区の応援がないと神輿を出せないという地域もあるようで、祭礼の日をずらすだけで解決できる問題でもなく、人手不足の解消は一筋縄ではいかないようです。
また、担ぎ手を地域外の人に求めることもできそうですが、上述のように前日の準備から翌日の片づけまでとなると、なかなか参加者が集まりにくいことに加え、祭りの目的が地区の鎮守の神様に捧げるものという性格上、外部の人間は入り込みにくいという側面もあります。
いずれにしても、祭りを守り続けるためには、その地域のまとまりと存続させようとする強い意志が必要といえます。館山が誇るこの祭り文化。いつまでも残していきたいものです。

 

祭りで元気に! 南総祭礼研究会

おらがんまっち

これら館山に残る祭礼文化の歴史と伝統をあらためて調査し、後世に伝え残そうとしている皆さんがいらっしゃいます。南総祭礼研究会といい「おらがんまっち」というパンフレット作成をはじめ、さまざまな活動を行っています。発足は平成21年11月11日。東京から移住した根っからのお祭り好きの高橋猛さんと、いろんな祭りで顔を合わせていた地元の祭り好きが意気投合したのがきっかけだそうです。これまでに完成した「おらがんまっち」は全10地区。これからも地道に増やしていく予定です。また、今年の10月5日から14日まで、千葉県南総文化ホール・ギャラリーにおいて「伝えよう 安房祭百景」という企画展を開催予定。研究会の活動を紹介するとともに祭りに関わるさまざまな展示や、小学生・園児による「お祭り絵コンクール」などを計画中です。「祭り好きな人たちの心をくすぐる展示にしたい」という高橋会長。「祭りの力で館山を元気に!」を合言葉に、これからも祭礼に秘められた魅力をどんどん発信していく予定とのこと。こちらもお楽しみに。

『おらがんまっち』を見る

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なぜ館山にフラメンコダンサーが集まるの?

さぁ夏がやってまいりました!館山の夏は祭りやさまざまなイベントで目白押し。
毎日のように熱い日が繰り広げられます。
なかでも、全国の大学生による学生フラメンコフェスティバルin館山は今年でもう19回目となります!
今回は東西18大学、約180名ものフラメンコダンサーが館山に集結するこの大イベントについて徹底レポートしていきましょう!

(2012/07掲載:H)

フラメンコとはどんな芸術?

アンダルシア地方
アンダルシア地方

「フラメンコ」というと大昔から存在する古い伝統芸能というイメージを持たれている方もいるかもしれませんが、実は芸術として華々しく開花したのは19世紀のこと。それでは初めに意外に知られていないフラメンコという舞踊について少しおさらいしてみます。
フラメンコ成立の舞台はスペインのアンダルシアという地方です。ただ芸術形式として確立したのが19世紀であったとしても、その背景には脈々と連なる歴史が存在します。ここですべてを紹介することはできませんが、ざっくりとみてみましょう。

【イベリア半島の民族史】
①先住民族イベリア人、ケルト人、バスク人などによる定住

②ローマ人支配によるキリスト教文化の受容(グレゴリオ聖歌)

③イスラム系民族のベルベル人(モロ人)によるイベリア半島征服にてオリエント化(アラブ音楽)
↓(711年~1492年まで)
④北インドを起源とする移動民族ロマの定住

⑤モロ人とロマ人との文化的音楽的な融合が進み、フラメンコ誕生

アンダルシア地方の位置
アンダルシア地方の位置

スペインの本土となるイベリア半島は、ヨーロッパの中でも時の権力者による国土争いの攻防が多く行われてきた地です。まずはヨーロッパ全域に大帝国を現出させたローマによって支配され、この中でキリスト教の音楽が伝わります。
その後ローマ帝国が解体すると、中近東のイスラム教文化がベルベル人(モロ人)の手によって流入しますが、彼らは同時に音楽的な資質に優れた民族でした。現地にある音楽と彼ら特有の音楽とが長い年月をかけて融合し、フラメンコの土台ができあがります。
フラメンコの成立に決定的な役割を演じたのは、北インドからユーラシア大陸を西へ西へと大移動していたロマと呼ばれる民族です。彼らは別名ジプシーとも呼ばれています。15世紀のレコンキスタ(国土回復運動)にてキリスト教勢力がイスラム国家を駆逐し、ベルベル人(モロ人)が国外追放を受けた後、このロマ民族がベルベル人(モロ人)の音楽文化の継承者となり、独特のリズムや踊りを混ぜつつフラメンコを芸術形式として定着させるに至るのです。
このように概観すると、フラメンコはオリエントやインドの民族によるアジア色の強い音楽・舞踊であることがわかります。こうした点も我々日本人に親しみやすい理由なのかもしれませんね。

第19回 全国大学フラメンコフェスティバル in 館山 2013

話を館山に戻しますと、ここ館山では稀にみる一大フラメンコイベントが開催されているのは冒頭で記した通りです。それではひとまずどんなイベントなのか、今年の日程を見てみましょう。

中里ワークホームライブ

中里ワークホームライブ

日時:8月7日(水) 19:40~20:10
会場:中里ワークホーム納涼祭
主催:中里ワークホーム
※雨天の場合は8月9日(金)に順延

にっぽん丸ライブ

にっぽん丸ライブ

日時:8月8日(木)  13:30~14:00
会場:客船にっぽん丸ドルフィンホール
主催:館山市客船等歓迎委員会
※当日の天候により、中止となる場合があります。

花火とフラメンコ

花火とフラメンコ

日時:8月8日(木) 開演 18:30 終演:20:45
会場:八幡海岸特設ステージ(館山シーサイドホテル前)
主催:館山商工会議所青年部
※当日、雨天・荒天の場合は中止です。
館山市では毎年8月8日に館山湾花火大会が開催され、約1万発の花火が夜空を彩ります。大小の花火が一斉に100発以上も打ち上げられる特大スターマインに加え、海面に扇状に開く水中花火は迫力満点です。特設ステージでは、情熱的なフラメンコ舞踊が披露されます。

敬老ライブ

敬老ライブ

日時:8月9日(金)
会場:館山市内の介護老人保健施設 4箇所
主管:全国大学フラメンコフェスティバル実行委員会
※関係者のみ観覧することができます。

イオンタウン館山フラメンコライブ

イオンタウン館山フラメンコライブ

日時:8月9日(金) 17:30~19:00
会場:イオンタウン館山 セントラルコート
主催:全国学生フラメンコ連盟・イオンタウン館山

 

全国から集まったフラメンコダンサーの学生さん達は、館山にて8月7日から5泊6日の合宿を行います。その中で練習もさることながら、上記のスケジュールにて館山の至る所で、フラメンコのショーを見せてくれるんですね。まさにフラメンコウィークといっていいほどの白熱した日々を繰り広げてくれることでしょう。残り3週間にせまってまいりました!楽しみですね!

なぜ館山にフラメンコダンサーが集まるのか?

市川久夫さん
市川久夫さん

さて、そろそろ本題に入っていきます。
これほどまでに大きく持続的なイベントが開催されるに至った経緯について調査してみると、第一回開催当時の発起人、当時商工会議所青年部で活躍されていた市川久夫さんをご紹介頂くことができました。
市川さんからその当時のお話しを伺ってみましょう。

当時市川さんはどういったことをなされていたんですか?

「私はその当時、地域開発委員会の委員長を務めておりまして、南房総フェスタというイベントに携わっていたんです。南房総フェスタというのは、平成元年に館山市制50周年を記念して始まったイベントで、国際的な民族音楽を奏でるイベントでした。」

その中で改めてフラメンコフェスティバルが立ち上がったのはどうしてでしょうか?

「もともと館山には碇山奈奈(いかりやまなな)さんなどといったフラメンコの大御所の方をお呼びしてショーが行われていましたので、フラメンコに親しむ土壌がありました。ただ、こうしたことが果たして街おこしに繋がっているのかという疑問があったんですね。」

館山の南欧風の街並みについては画像をクリック
館山の南欧風の街並みについては画像をクリック

「そこで、何か中長期的に取り組めて、もっとみんなで楽しむことのできる企画はないものかと思案しました。
そんな中生まれたのが、大学生のサークルに呼びかけてフラメンコの一大祭典を開きたいというアイディアです。折しも、当時館山はスペインのアンダルシア地方に気候やロケーションが似ていることから南欧風リゾート地を地域振興の柱に掲げ始めた頃でしたので、並々ならぬ情熱が湧き起ったんですね。」

開催当初の学生フラメンコダンサーの方々
開催当初の学生フラメンコダンサーの方々

「さっそく大学に問い合わせてみると、4大学16名のダンサーの方が快諾してくれまして、南房総フェスタの前座で出てもらったんです。これが予想を超える好評でして続けていって欲しいとの声が高まり、このアイディアの手応えを実感しました。

当時フラメンコの全国大会みたいなものはどこもやっていなかったので、他の地域に真似される前にしっかり銘打っておかねば…、ということで『全国大学フラメンコフェスティバル』を立ち上げることになったんです。」

今年で19回目、どのようにしてこんなに大きくなったんですか?

平成8年館山商工会議所 青年部会報
平成8年館山商工会議所青年部会報

「そうですね、初めは花火の音と反響して場所選びに必死だったり、定着するまでに時間もかかりましたが、回を重ねるうちに館山の風物詩のように語られるようになって非常に嬉しかったです。
何より一回目を催してからすぐに学生さん達の手によって『関東学生フラメンコ連盟』が出来上がり、館山がそうした結び付きのきっかけとなってくれたことはイベントに携わった冥利に尽きました。今では、この合宿に参加する学生から日本フラメンコ界の新人賞をとるのが恒例となってきており、フラメンコ界の中でも合宿そのものの意義が高まってきています。
もちろん館山が市をあげて応援していることもありますが、学生さん一人ひとりの方に本気で楽しんでもらえること、このことがフラメンコフェスティバルの最大の原動力になっているんじゃないでしょうか!」

毎年夏になると自身の仕事に手がつかない程に、このフラメンコフェスティバルに思いを注ぎ込んできた市川さん。もう少しで20周年を迎える館山フラメンコフェスティバルについて20周年イベントをやることができたらと、ウキウキした表情でお話し下さいました。
夏のフラメンコを毎年楽しみにしている方々の声をよく耳にします。恒例の行事となった館山フラメンコフェスティバルは、「若い頃は失敗を恐れず、まずは行動に移してみること」を理念として活動されてきた商工会議所青年部の方々から始まったのでした。これからもこのフラメンコフェスティバルの例を見習って、情熱をもって街づくりに取り組む館山の若者像が受け継がれていくといいですね。

学生さんの生の声!

出前フラメンコでのFLESPONの皆さん(最左:事務局長柴 陽子さん)
FLESPON事務局の皆さん           (最左:事務局長の柴陽子さん)

学生さん達による館山フラメンコフェスティバルの合宿は5日間。この間全国から集まった約190名もの学生さん達は、上述したようにたくさんのステージでフラメンコを披露してくれます。
それだけでも怒涛のスケジュールなのですが、実は全国学生フラメンコ連盟(FLESPON)の皆さんはフラメンコの楽しさを伝えに幾度となく館山を訪れてくれているんですね。
そこで、FLESPON事務局長を務められる柴陽子さんに学生さんからみたフラメンコフェスティバルについて生の声をお聞きしてきました。

出前フラメンコ(神戸小学校)
出前フラメンコ(神戸小学校)

「私たちにとって館山でのフラメンコフェスティバルは特別な意味をもっています。
一年を通して練習してきた成果を発揮する場所としてはもちろんのことですが、普段他の活動をしていたら決して出会うことのできない全国各地の大学生とフラメンコを通して語り合うことができます。
こうした出会いはとても印象的なもので、先輩たちの多くは卒業してからもフラメンコの繋がりで友情を育んでいたりもするんです。」

館山市教育長室での会合
館山市教育長室での会合

「また、このイベントをきっかけにして館山がとっても親しみやすい場所になっています。
なんか突然時間ができた時に、館山いっちゃおー!みたいなノリで来ちゃうことも(笑)。早い人は1年生から毎年来てますから、第二の故郷だという学生もいるぐらいです。
参加した学生たちみんなが思い出の1ページを刻む事のできるようにこれまで頑張ってきました。是非遊びにきてくださいね。」

このFLESPON事務局の学生さんたち。朝始発で東京を出て館山に向かい、一日にいくつもの施設でフラメンコの文化指導を行った後にミーティングを重ね、夜も更ける頃に帰宅して、それからまた資料を作る…という日々を送っているんです。そんな中快くインタビューを受けて頂きありがとうございました。是非みんなでフラメンコを堪能しにいきましょう!
こうした学生さん達と最も密に連絡をとられてイベントを創り上げられ、彼らの頑張りを身に染みて知っている方が館山市生涯学習課の三浦太郎さんです。今回は最後に、三浦さんに学生さん達への労いと応援のメッセージを頂いて締めくくりたいと思います。

【三浦太郎さんからの応援メッセージ】

 これまで、フラメンコの担当となって4年目になりますが、大学生が館山市内各所で踊り、奏でるフラメンコによって、子どもからお年寄りまで、観る人の心を打ち、楽しい気持ちにさせてきた光景を、今まで幾度となく見てきました。『館山で自分が一番輝くんだ』という想いと『私たちのフラメンコで観る人を楽しませたい』という気持ちをあわせ持っているフラメンコ学生たちが私は大好きです。

館山合宿まで3週間近くありますが、大学生の皆さんが館山に到着するのが待ち遠しくてなりません。
館山フェスに込めた皆さんの想いや溢れるくらいのパッション(情熱)を思う存分館山で爆発させてください。
私も大きな声でハレオをかけて、一緒に盛り上がりたいと思います。
グアッパー♪ ボニータ♪

コラム「ハレオとは?」

フラメンコの舞台を成り立たせているのは、踊り手やギタリストだけではありません。
実は、「掛け声」を意味するこの「ハレオ」も非常に重要な役割を果たしているんですね。代表的なハレオを見てみましょう。オーレ!=最もスタンダードなハレオ。時と場所を選ばずに使えます。
アサー!=「そうだ、がんばれ!」という相手を力づけるハレオ。
ビエン!=「いいぞ!」と素晴らしい演技に対して褒めるハレオ。
グアッパー!ボニータ!=「きれい!」「かわいい!」という意味で女性に対してかけるハレオ。
バモ!=「いこう!」というような景気づけにかけるハレオ。是非今年のフラメンコフェスティバルでは、是非思い切ってダンサーにハレオを掛けてみましょう!
舞台がより一層白熱すること間違いなし!

館山フラメンコ日記2013

館山市のホームページに、2013年フラメンコフェスティバルに向けて寄せた全国の学生さんたちによるブログが公開されています。
他のページには年度ごとのアーカイブなどもまとまっておりますので、より詳しく知りたい方はご覧ください。

館山フラメンコ日記2013

全国大学フラメンコフェスティバル(館山市公式ホームページへ)

なぜ館山湾花火大会は毎年8月8日なの?

(本文記事の内容は2012年取材当時のものです。あらかじめご了承ください。)

夏の夜空を鮮やかに彩る花火大会。★公式サイト:http://tateyamacity.or.jp/hanabi/
全国有数の規模を誇る「館山湾花火大会」は、夜7時半から8時45分まで。
75分間に打ち上げられる花火の総数は約1万発。
ただ、この花火大会、平日休日を問わず開催期日8月8日をずっと守ってきているんです。
これはなぜでしょうか?
今回は、館山湾花火大会の花火を初回から作ってこられている福山花火工場六代目の花火師福山一郎さんへの直接インタビューも掲載しています!

(2012/08掲載:H)

館山湾花火大会

夏の風物詩として世界的にも注目されている日本の花火大会ですが、今年2012年は全国で500を超える花火大会が催されます。中でも1万発以上もの花火を打ち上げる催しは内外からの多くの人々で賑わい、ここ館山湾花火大会にも今年は平日にも関らず15万人以上の人々が訪れることが予想されています。
それではまず、8月8日の謎に迫る前にこれまで館山の花火大会を観たことない方にも、どういった花火大会なのかをご紹介します。

館山湾花火大会の見所と言えば、①水中花火 ②超連発のスターマイン ③全国学生フラメンコ連盟(フレスポン)によるフラメンコショーでしょう。

①水中花火

水中花火 撮影=滝口義之
水中花火 撮影=滝口義之

水中花火というのは、その名のとおり船の上から海の中に花火を落とし、水中で爆発した花火が海の上に半球面のドームを描く花火のことを指します。空の上に打ち上がる花火とは趣のことなったこの花火は、館山湾花火大会の名物としてすでに定着しつつあるものです。

②超連発のスターマイン

打上花火 撮影=滝口義之
打上花火 撮影=滝口義之

これまでに大きな花火大会を鑑賞したことがある方は、ときおり花火が群をなしてリズミカルに打ち上げられる様を目の当たりにしたことがあるのではないでしょうか。小玉から大玉までを計画的に配置し、導火線又は電気点火によって連続して打ち上げる花火を、「スターマイン」といいます。館山湾花火大会は短時間で1万発を打ち切るので、最初から最後までスターマインが応酬することで知られています。中でも20:44~のフィナーレは毎年観客を感動の渦に引き込みます。

③全国学生フラメンコ連盟(フレスポン)によるフラメンコショー

フラメンコショー
フラメンコショー

そして最後に、7月20日放送記事にもなったフラメンコ。全国学生フラメンコ連盟による5日間の館山合宿の初日を飾る8月8日、館山湾花火大会をバックに、総勢約190名もの学生フラメンコダンサーがフラメンコのショーを披露してくれるんです。日本最大級のフラメンコショーを花火とともに鑑賞できるということで、今年で18回目を迎えるこの豪華絢爛なコンビネーションは内外からの多くのファンによって迎えられています。

このように、館山湾花火大会は、打ち上げられる花火の数だけではなく、花火の内容も優れた複合的な大イベントであることがご理解いただけたのではないでしょうか。

館山湾MAP
館山湾MAP

この他、館山湾の立地にこの大会の風情と特徴を見出す方々も多くいるようです。館山湾は、岬に囲まれた大きな入り江となっておりますので、波が穏やかで花火が美しく反射することは上に述べたとおりです。
しかしそれに留まらず、館山湾が小高い山々に囲まれているところも花火にとっては重要です。ドーンと鳴った花火の音が小さな山々がおりなす大自然の音響空間のなかで少しずつこだまする様子は、迫力と安らぎを同時に与えてくれます。館山湾は海岸線一帯が道路となっておりますので、鑑賞者みんなが湾内でこの共鳴を体感することができるわけです。多くの花火大会が場所取りで大変なことを考えると、この立地は有難いですね。

今年は平日での開催となりますが、より多くの人にここでしか味わえない感動を体験して頂きたいと思います。

なぜ毎年8月8日開催なの?

さて、花火大会の概要について触れた後で、いよいよ本題にはいっていきたいと思います。
誰しも、1年に一度の花火大会にはゆっくり時間をとって観に行きたいものですよね。そうなると必然、多くの人に来てもらうためには土日開催にする方がよさそうなもので、1万発以上の花火大会の多くがこれに従っています。
それにも関らず、館山湾花火大会の開催日は49回を通して毎年8月8日なんです。どうしてでしょうか?今回は、主催者である館山観光まつり実行委員会(館山商工会議所)の方にその訳をお聞きしました。

8月1/2日 館山のまつり

館山湾花火大会は、「館山観光まつり」という商工会議所が主体となって8月1日~8月12日まで開かれている一連のお祭りの一環として毎年開催されています。
今年も連日のように館山の至る所でお祭りが行われていますが、この館山観光まつりの土台が生まれたのは、戦後間もない昭和30年代。復興とともに、館山は海水浴やレジャーなど首都圏の観光地として栄え始めました。

観光の館山(『館山市誌』挿絵 昭和31年)フィールドミュージアムより
観光の館山(『館山市誌』挿絵 昭和31年)フィールドミュージアムより

そこで、銀座商店街(館山駅近くの商店街)や長須賀の商店街(館山城下町の商店街)などが中心となって、これまで引き継がれてきた「七夕祭り」の最後の日に、日頃館山に遊びに来てくれる皆様へ感謝の意味を込めて花火を上げようということになったのだそうです。
初めの頃は、今のような連発の花火もなく、一発上がって少し経ってからまた一発、というように小規模なものでした。商店街の人々が自分達でお金を出し合って始めたのですから当然ですよね。

館山湾花火大会
館山湾花火大会

しかし、どの地域にも共通して起こった現象がやがて館山の商店街にもみられるようになります。
そう、少子高齢化や地域の過疎化です。お店の種類も大きく変容し、便利なデパートやコンビニエンスストアの勢いによって、街のあり方も年を経るごとに変わっていきました。そこで商店街が中心となって小規模ながら続けてきた、自費で作り上げる花火大会が幕を閉じることが憂慮され始めたのです。
毎年花火を楽しみにしている人もいる中で、これではいけない、と立ち上がったのが現在主催となっている館山観光まつり実行委員会。商店街にだけ任せるのではなく、様々な組合から実行委員会を結成し、館山市みんなで作り上げようじゃないかという提案を行いました。

こうして平成12、3年頃から新しくなった館山湾花火大会は、館山市はもちろん花火を愛する市外一般の方から寄付を募るようになり、これに呼応した企業、お店、市の職員や海上自衛隊、町内会やお寺・神社、小さな子どもたちに至るまで、たくさんの方々の寄付が集まるようになりました。これによって大花火大会に様変わりし、全国有数の知名度を誇るようになったのです。

館山湾花火大会は、決して最初から現在のような華々しい花火大会ではなかったようです。
しかし、「いつも遊びにきてくれる御礼に」との思いがあってからこそ、ここまで大きな花火大会になったのではないでしょうか。
今年も館山にある企業やお店の名前が連なるスポンサー一覧表が配られていますが、その中に「館山市民ひとりひとりの善意の協賛金によります市民が打ち上げる市民の花火」と題される超特大スターマインのことが書かれています。こうした所にも、開催当時の方々の意図が受け継がれているように思い、改めてこの花火大会の意義を認識することができました。館山市外の方々は、是非この善意の花火を存分に楽しんで頂き、今夏も館山で素敵なバケーションを過ごしてもらいたいものですね!

あれ8月8日が七夕祭りの終り?

館山湾花火大会の花火師 福山一郎さん

館山湾花火大会において瞬間の芸術を創り上げてくれる方は一体どなたなのか、ということで今回は最後に館山湾花火大会の花火全体を一任されている福山一郎さんのお話しをご紹介します。

花火師 福山一郎さん
花火師 福山一郎さん

江戸時代から代々受け継がれる秘伝の花火術を伝授され、父福山次郎さんの第一次千葉県伝統工芸品に指定された「小糸の煙火」に次いで、平成20年には「打ち上げ花火」の指定を受けた六代目福山一郎さん。
君津の鹿野山にある老舗福山花火工場にて幼少より花火の制作に携わり、通産大臣賞受賞他数々の賞を受賞されている筋金入りの花火師さんです。

花火師さんって年間でどういったスケジュールで動かれているんですか?

「今は制作スタッフが5人いまして、大体乾燥している冬~春の時期に注文を受けた一年分の花火を作ってしまいます。花火は乾き具合で燃焼が違いますから、冬の晴れた日に天日干しにするのがポイントなんです。乾燥機でやってしまう所もあるみたいですが、色が全然ちがいますのでうちは天日でやっています。今の時期は、スターマインの構成だったり打ち上げる順番などの仕分けをじっくりやっているところです。」

煙火火薬庫の中
煙火火薬庫の中

色々な花火大会を手掛けられているようですが、館山の花火大会はどうですか?

「花火大会はよく発射される花火の数で語られることが多いですが、小さなものから大きなものまでありますので本当は数だけでは判断できないんですね。
花火大会の大きさを判断する基準は使用する火薬の量です。館山さんの場合は申請火薬量が1.5トンですので、紛れもない県内最大級の花火大会だといえるでしょう。」

花火大会に向け入念な仕分け作業
花火大会に向け入念な仕分け作業

館山名物の水中花火ですが、何か制作の苦労等あるんですか?

「花火そのものは打ち上げるものと作り方に大差はありませんので苦労というほどでもありませんが、問題は打ち上げる瞬間です。船頭さんと念入りな航路の打ち合わせをして、導火線に火をつけ海に投げ込むタイミングが重要なんです。これはベテランでないとできませんね。
またうちはスターマインでも電子制御を使わずにライブ感覚で火をつけてますので、導火線を熟知して自在に操る技術も必要かと思います。海外の方からは手動は野蛮だとか言われますが(笑)。」

 

今年の見所はなんですか?

幾何学模様に美しい福山花火
幾何学模様に美しい福山花火

「今年は新しい色がでますよ。といっても、昔に上げられていた花火の火薬の配合比に改良を加えて明るくして作ったんですが。
昔の花火は炭と硝石が主で、金属粉がなかったので暗かったんです。現在の花火は炭酸ストロンチウムや水酸バリウムなどによって絵の具のように色が出せるようになっています。そんな中皆さんに昔ながらの花火の色を楽しんでもらえたらと挑戦してみました。」

すごいですねぇ、秘伝の配合表に記された昔の花火の色を出してもらえるそうなんです。昔の花火は炭からパチっと出る火花の色しか出せなかったそうですが、それに改良を加えられた色、どんなものなのでしょうか。水中花火、連発のスターマイン、フラメンコと共に今年の楽しみがまた一つ増えましたね。
また、館山の花火で最大の大きさは8号玉(直径24cmの玉)だそうですが、保安距離の問題で尺玉(10号玉)は上げられないそうなんですね。しかし近年完成した館山夕日桟橋の先からだと尺玉を、しかもワイドで上げることができるそうで、福山さんのイメージする構成やデザインからすると是非夕日桟橋でやらせてほしいとのお言葉も頂きました。もしかすると、特大の尺玉を夕日桟橋の先に観ることのできる日も近いかも。
いずれにせよ、毎年のように進展していく館山湾花火大会、六代目福山一郎さんが咲かせる「瞬間の芸術」から目が離せません。今年は平日の開催となりますが、是非館山市民の感謝の花火を見に遊びにきてください。

コラム「あれ8月8日が七夕祭りの終り?」

齋藤光雲画「七夕祭り」(フィールドミュージアムより)七夕といえば7月7日ですよね。館山の七夕祭りが8月に行われているのはなぜでしょうか?
これには月日の数え方、いわゆる暦の問題が関わってきます。
日本は明治6年に、それまで六世紀中頃まで使用していた太陰暦から欧米諸国と同じ太陽暦へ改暦を行います。
太陰暦は月の満ち欠けによって月の長さを定めるのに対して、太陽暦は太陽の年周運動に基づいて月を定めるため、月の運動と太陽の運動のズレから日付が大体平均して一月ほど変わってきてしまいます。
そのため、旧暦(太陰暦)では7月7日だった日は新暦(太陽暦)にすると8月7日となり、実は旧暦における七夕は現在では8月7日の日のことを指すんです。
今でも暦上は立春でも冬真っ只中であったり季語の五月雨が6~7月の梅雨の時期を指すことなど、使い分けに注意が必要ですね。館山は旧暦の七夕を引き継いできていたため、一ヶ月のズレが生じていたということです。

なぜ館山南房総では音楽イベントが多いの?

近年、館山市やその周辺で、大規模な音楽イベントが増えてきていることを御存知ですか?
その多くがスペシャルゲストや地元で活躍するアーティストを迎えた内容豊かな野外イベントですが、コンセプトや主催者らの考えるビジョンはこれまでのイベントとはひと味もふた味も違っているんですね。
単なる音楽フェスティバルの枠をくつがえすイベントが、南房総に集まる理由とその企画内容に迫ってみました!

(2012/08掲載:H)

野外音楽フェスティバルってどんなもの?

ひとえに野外音楽イベント(通称:野外フェス)といっても、ホールやライブハウスなどで通常見られるような音楽鑑賞の場とは異なりますので、一体どのようなものなのか想像がつかない方もいるはず。まずはこの野外フェスの全体像を掴んでみましょう。

1969年ウッドストックの様子

野外で催される音楽コンサートは、1950年代からジャズやフォークソングなどの比較的静かな音楽鑑賞の場として始まっていました。そのような中1969年「愛と平和と音楽」の祭典としてアメリカで開催されたウッドストックというロックイベントが起こると野外イベントのイメージは大きく変わります。
大音量の音楽を全身で浴びながら、燦々と照りつける太陽の下、開放的な空間を楽しむ。そんな人たちが増えてきたんですね。好きなアーティストを見るという目的ももちろんありますが、イベント全体の雰囲気やその空気感を体験しに行くという新しいスタイルが登場したといえるでしょう。

観光の館山(『館山市誌』挿絵 昭和31年)フィールドミュージアムより
2005年フジロックフェスティバルの様子

その後世界各地でロックを中心とした野外フェスが催され、日本でも1997年にフジロックフェスティバルが始まるなど、この楽しみ方は徐々に定着。近年は野外フェスブームと言われるほどに各地で野外フェスが開催されています。
ジャンルや雰囲気は様々ですが、音楽ステージがあり、飲食や物販の出店が立ち並ぶ点はほとんど共通しているといえるでしょう。人はイベントごとのスタイルを楽しみに、野外フェスへ足を運ぶのです。

音楽イベントが急激に増えたのはなぜ?

さて、野外フェスがどんなものなのかを概観したところで、いよいよ南房総でこれから行われる野外フェスティバルの全貌を紐解いていきたいと思います。これまでにもチラホラと野外フェスが行われていたようですが、近年南房総で始まったイベントは特に、その数や規模、そしてコンセプトが違う!
次世代のアイディアが求められる時代に入ったからでしょうか?
今回は、こうしたイベントの中で市内の方が開くものと市外の人々が持ち込み開催されるものと1つずつ詳しく話をお聞きして謎の答えを導き出してみたいと思います。その他のイベントもご紹介しておりますので、ご覧ください。

一つめは館山市内代表野外フェス、「あわのネ」です。あわのネは市内、特に若い世代の方々が集まって作り上げてきたイベントで、今年で3回目の開催となります。

あわのネ主催者 米原草太さん
あわのネ主催者 米原草太さん

まずこの「あわのネ」はイベントを道具として、地元にいる若者を盛り上げたい・愛する故郷の良さを多くの人に知ってもらいたいという思いから始まっていることに独自性があります。
都内で3000人規模のイベントを開催するなど、服飾関係の仕事などを転々としながらイベントを制作するノウハウを学んできた主催者の米原草太さんは、20代前半に故郷の過疎化が進んでいることを知り愕然とします。
これまで館山を卒業した仲間の多くは、先輩もそうしてきたように進学や就職のためにあたり前のように上京してきたそうですが、こうしてあたり前だと思っていたことが、地元の新しい担い手となる若い世代を流出させてしまう現状を生み出してきました。
もちろん仕事がない、活躍できる場所がないという一筋縄にはいかない問題も立ちはだかり、簡単にはUターンすることもままなりませんが、そのことをもっと都内で活躍する館山出身の人々が知るべきだと思ったそうです。
また、自身もそうであったように一度故郷を離れると、ここ館山の自然の美しさ・空気の良さ・星空の輝く夜がいかに素晴らしいものであったか、改めて実感します。自分の生まれ育った街が、こんなにも恵まれた土地であったことを帰郷するごとに身に染みて感じるようになり、自分たちの世代の未だ館山を訪れたことのない人々にも、もっともっとアピールしていきたい、そう心から感じるようになりました。
こうして回数を重ね、ミーティングを重ねてきた第3回あわのネのアイディアは以下のとおりです。

①沖ノ島での開催 ~都内に近い立地を生かして、自然を充分に感じてもらう~

歩いていける無人島 沖ノ島
歩いていける無人島 沖ノ島

館山は、ありのままの自然がたくさん残っているにも関わらず、都内から車で2時間以内の距離にある立地条件に優れた土地です。都内では土を見る機会も少なくなってきているなか、館山のゴツゴツとしたむき出しの自然は、訪れた者に癒しと安らぎを与えてくれます。
こうした特徴を生かして、第2回目から沖ノ島にてイベントを開催することにしました。沖ノ島は館山でも有数の自然に富んだフィールドで、サンゴが浅瀬で見られ、縄文時代の遺跡が近年発見されたりしています。当日はこうした沖ノ島の中で自然を満喫してもらうために、たくさんの自然体験や物作りのコーナーが設けられています。

②500円クーポンチケット ~館山の登録店で使える地域通貨が入場料の中に含まれる~

地域通貨500円クーポン
地域通貨500円クーポン

館山には自然の他にも、たくさんの素敵なお店があります。イベントに遊びに来た際には、こうしたお店に寄って行って欲しい、そんな思いから入場料金(前売り1500円/当日2000円)の中に500円のクーポンチケットが含まれています。当日配られる観光マップの中に登録店が記載されており、そのお店にて500円の割引券としてクーポンチケットが使用できます。

③100を超えるアーティストの出演!40を超える出店!トークショーまで!

数多くの出演と出店
数多くの出演と出店

なんといっても音楽フェスですので、音楽はイベントの要!
あわのネは全国的に活躍される大型ゲストから注目のアーティストまで2日間で総勢100グループを超えるアーティストが登場します。また40店舗を超える自然にこだわった雑貨やアート、飲食店の出店で沖ノ島全体が賑わい、4人のスペシャルゲストをお呼びして、安房の歴史や館山の自然、そして安房の今後についてトークショーもあるとのこと。とにかくイベント内容が選り取りみどりとなっています。

歩いていける無人島フェス『あわのネ』

あわのネは、音楽ライブを中心として地球に優しい手作りアートや農産物を展示販売する市場や拾った貝殻を使ったアクセサリー体験やステンドグラスの工作体験、沖ノ島の自然を生かしたシーカヤックやシュノーケリング体験などなど、とことん自然やアートを体験として楽しむイベントです!

日時 2012年8月25日(土)11:00〜18:00
8月26日(日)10:00〜17:00※小雨決行、荒天や台風の場合は中止あり
場所 千葉県館山市 沖ノ島
砂浜で繋がってしまった周囲1kmくらいの無人島での開催です。
主催 あわのネ実行委員会
問合せ先 Mail: info.awanone@gmail.com
HP http://www.awanone.com/
入場料金 前売り1,500円 当日2,000円(HPから購入可能です)
※高校生以下、又は館山市民は身分証の提示にて無料
※2日間通しでの参加料金になります。1日券はございません。
また、入場料金の内500円分をチケットにしてお客様にキャッシュバックいたします。
この500円金券はイベントが行われる地域の賛同店で使用可能です。
この機会におすすめのお店を探してみてください。
開催内容 ○音楽LIVE  2日間で50組を超えるアーティストが参加
○手作り雑貨やエコ商品の販売ブースが20店舗以上出店
○シーカヤックや海を使ったレジャー体験有り
○万華鏡やハンモックを自分で作れるテシゴト体験もあり


こちらは南房総では今年で開催一回目となるこれまたとてつもない内容に溢れた音楽イベント。もとは都内近郊にてライブハウスやクラブハウスの店長などをされていた方々が集まって自分達が楽しめるような良質なイベントを作って行こうと始めたのがきっかけでした。

Sound Selectionの皆さん

しかし、昨年の東日本大震災にてメンバーの地元である茨城県が多大な被害に見舞われたことを目の当たりにし、これまで培ってきた音楽の力を結集させて茨城を少しでも元気にできないか、として始まったのがこの「Sound Selection」。イベントで集めた収益金の一部を茨城県常総市に寄付するなど実質的な協力も惜しみません。

2011年sound selection出演Darren Emerson
2011年sound selection出演Darren Emerson

彼らのイベントは、この音楽が氾濫する世の中にあって知名度や集客力でアーティストをピックアップするのではなく、彼ら自身の耳で本物を見極めてプロアマを問わず世界中からアーティストを集めることで知られています。
そして、最高のタイミングで最高のロケーションで聴く音楽だからこそ、「Sound Selection」なのです。野外フェスが、音楽と同時にその雰囲気や空気感、イベント全体を楽しむものであるならば、まさにそこに信頼を置いた人々が集うイベントの中のイベントといえるでしょう。

それでは、どうしてそんな彼らオーガナイザーが来たるイベント会場として南房総白浜フラワーパークを選んだのでしょうか。主催者の鈴木秀章さんにその理由をお聞きしました。

多彩な会場の装飾
多彩な会場の装飾

「僕らが初めてこの場所を訪れたのは、去年の冬に行われたある音楽イベントを見に来たのが始まりでした。Sound Selectionの開催地を探していたところで候補地もいくつかあったのですが、ここに来て即決でしたね。
僕らのイベントは時間帯やロケーションの見え方に従って音楽を決めていきますので、表情豊かなこの地に一目惚れしてしまったんです。海がすぐそこにあって山がせりたち、花も咲き乱れて、こんな所を探していたように思います。
当日はこの山に大きなプロジェクターで映像を浮かび上がらせたり、この地のポテンシャルを最大限に生かしたデコレーションを計画しているので楽しみにしていて下さい。」
 南房総の海が山と隣り合わせにあり、海岸線一帯を砂浜に恵まれた土地だということをよく耳にすることがあります。ただ、こうした特徴的なロケーションについてはイベント制作者にはこれまであまり知られてこなかったようです。
大人数の人々が一挙に集まるこうしたイベントは、時として非常に大きな観光プロモーションにもなります。Sound Selectionの皆さんは、自分達の培ってきた発信力を地域のために活かしてもらえば、ということで南房総市と共に今後この地の良さをアピールしていけたらとのお話しを伺いました。

sound selection12 at 白浜フラワーパーク

海辺に広がる約3万3000平方メートルの白浜フラワーパークは、冬から春にかけてポピー、菜の花、金魚草、ストック、夏にはサルビア、マリーゴールドなど四季折々の花を楽しめる施設です。温室ではバナナなどの熱帯植物も栽培されており、園内にある「花観の足湯」は無料でご利用できます。そんな白浜フラワーパークで震災復興を目的とし、都内のイベントオーガナイザーが音楽の力を結集させたミュージックイベントが開催されます。たくさんのアーティストが出演しますので是非遊びに来てください。

日時 2012年9月1日(土)2日(日)開場12:00開演13:00オールナイト公演です。
場所 白浜フラワーパーク
住所 千葉県南房総市白浜町根本1454-37
料金 前売り7800円 当日9000円 5枚セット35000円※2日間共通券になります
企画・運営 SOUND SELECTION実行委員会
主催 silent music 合同会社SPEC
問合せ先 silent music E-mail:music@techno.vc
HP http://soundselection.jp/

出演アーティスト
http://soundselection.jp/lineup

 

謎の答

地域内、地域外の主催といった点で対照的な2つのイベントについてみてきたわけですが、これらのイベントが館山南房総で誕生してきていることからどういった結論が見出せるでしょうか。特にこれといった調査はこれまでにありませんが、取材した上での所感をまとめてみたいと思います。

・あわのネ、Sound Selection共に、地域にある資源を改めて若者の視座から注目していること。

 館山南房総にある自然環境や海山の幸、そして自然についてはこれまで多くの人々に着目され情報が共有されてきました。しかし、地域内の若者が流出していることや、都市近郊での自然が消失していることを考えると、この着眼点が世代を越えて受け継がれているのかという疑問が浮かび上がることも。
そうした中、ここ数年で急激にイベント企画者に注目され始めていることは、徐々に次世代の新しい感覚・価値観の中で南房総が浸透しつつあることを示しているのではないでしょうか。
ひとえに自然環境といえども街の姿やそこで生きる人々、または都心からの距離によって大きくイメージが変化するものです。これまでの視点とは少し異なった角度から新たにこの土地の自然や立地の独特な特徴が認められ、都心に過ごす人々やこの土地を離れて帰ってきた人々が改めてみた館山南房総という姿が新しくアピールされ始めているのではないか、そのように感じました。このことが未だ知られざる観光資源の発見や、都心へ渡ってしまった若い世代が地域のことを考えるきっかけに繋がるといいですね。
いずれにせよ、音楽の発信力や求心力を生かして、その他のことと結び付けるようなイベントがここ館山南房総に生まれ育まれつつあることがおわかり頂けたのではないかと思います。

夏まっさかり!館山・南房総の野外フェス!

今年の夏に行われるその他のフェスをご紹介します。

GREENROOM CAMP2012
GREENROOM CAMP2012


GREENROOM CAMP@根本マリンキャンプ場

横浜赤レンガ倉庫での『GREENROOM FESTIVAL』他数々の海にまつわるイベントを主催しているGreenroomによるキャンプイベント『GREENROOM CAMP』というイベントが南房総市白浜にある根本海岸で今年第二回目を迎えます。このイベントはサーファーであるGreenroom代表の釜萢(かまやち)氏が、以前から根本海岸を知っておりいつかこの地で何かやりたいという思いがキャンプイベントとして実現したというもの。
「GREENROOM CAMPはビーチカルチャーをルーツに持つビーチキャンプフェスティバル。
BEACH CAMP・BEACH LIVE・BEACH SPORTSを通して、海やビーチのLifestyleとCultureを伝え、子供達に大切なビーチを残していきたい。」(HP抜粋)
というコンセプトをもつこのイベント。全国で急速に減少しているビーチを守るなど環境活動にも積極的に参加しているGreenroomが南房総に目をつけてくれたことも昨今の注目度合いを伺わせます。サーフィンをはじめスタンドアップパドルやビーチヨガ、シーカヤック等、海辺でのありとあらゆる遊びと音楽がコラボレーションしたGREENROOM CAMP、海好きには大注目のイベントです。

日時 2012年9月8日(土)・9月9日(日)
場所 千葉県南房総市根本マリンキャンプ場
主催 GREENROOM CAMP実行委員会
問合せ先 http://beachcamp.jp/contact/
HP http://beachcamp.jp/
入場料金 1泊2日キャンプ券 5,000円 (※小学生以下入場無料) 駐車券 2,000円

 

コヅカアートフェスティバル

コヅカ・アートフェスティバル

8月10日現在第三回「コヅカ・アートフェスティバル」が開催されています。「人と自然をアートでつなぐ」をキーワードに、房総半島・鴨川市金束(こづか)のアートガーデン・コヅカを中心に、南房総全域に点在するショップやアーティストのオープンアトリエをも含んだ、里山にゆるやかにひろがるネットワーク型のアートイベント。約7000坪の里山・アートガーデン・コヅカでは、9日間に渡り、屋内・屋外展示、ライブ、ワークショップが開催されています。

日時 2012年8月4日(土)~8月12日(日) 11:00~17:00(ライブ開催日はスケジュール要確認)
場所 アートガーデン・コヅカと南房総に広がるアートなショップやアトリエ
主催 コヅカ・アートフェスティバル実行委員会
問合せ先  hoshimitei(@)gmail.com
HP http://ag-kozuka.net/index_artfes.htm
入場料金  8月12日Closing party 17:00~のみCharge:2000円(他入場無料)

 

Tateyama SEA-SIDE FESTIVAL 2012

TATEYAMA SEA-SIDE MUSIC FES.2012

こちらは今年で2回目を迎えるイベント。昨年は館山夕日桟橋の入口で開催されたTATEYAMA SEA-SIDE MUSIC FEStivalですが、今年はその横に完成した渚の駅たてやまのデッキにて開かれることが決定しました。
もとは、夕日百選にも選ばれている館山湾からみた夕日を、より多くの方に知ってもらいたいという願いから始まったそうですが、今年はそれに加えて新しくできた渚の駅たてやまの立地や観光資源を広めてみんなで楽しむ事も目的となっているようです。地元館山南房総を代表するアーティストが多数出演する予定であり、館山湾海岸沿いの観光と共に安房美人コンテストや地元の音楽・ダンスグループの紹介も兼ねているこのイベント、こちらもお勧めです。

日時 2012年9月2日(日)10:00~17:00
場所 渚の駅たてやま
主催 館山シーサイドフェスタ2012実行委員会
HP http://www.tateyama-seaside.com/
入場料金 無料

なぜ やわたんまちでは神輿や山車が集結するの?

八幡宮境内入祭 安房神社・洲宮神社

「やわたんまち」って聞いたことがありますか?
鶴谷八幡宮例大祭、つまり「八幡の祭り」が変化して地元ではこのようによばれています。
13基の神輿や山車が集結し、毎年10万人以上もの人出でにぎわう安房地域最大のお祭り。
今回はこのお祭りの歴史や見どころについて調べてみました。

(2012/09掲載:K)

八幡神社の歴史を知ろう!

鶴谷八幡宮

祭りの話に入る前に、まずは鶴谷八幡宮の歴史などを追ってみましょう。
鶴谷八幡宮の前身は安房の国の総社でした。総社とは複数の神社の祭神を合祀した神社のこと。国、郡、郷でそれぞれ「総社」がありましたが、国の総社はおよそ平安時代末期までに国々の府中に創建されたとみられており、国司が祭祀を行うための社でした。総社が置かれる以前は、国司が国内の神社を巡拝する習わしでしたが、それが不便ということで逆に神社を1カ所に集めたのが総社の始まりです。
安房の国の総社は現在の南房総市府中(旧三芳村府中)に鎮座していたもので、創建は757年と伝えられています。平安時代は国司の力が強かったのですが、武家政治が始まった鎌倉時代には国司の権威が弱まり総社に対する崇敬の念も衰えていきました。こうして安房の国の総社は現在の場所に遷座されます。祭神は応神天皇(品陀和気命 ほんだわけのみこと)とし、名前は鶴谷八幡宮と改変されました。

鶴谷八幡宮 初代後藤義光作『百態の龍』

源頼朝が鎌倉に幕府を開いた際、清和源氏の氏神である石清水八幡を鎌倉に勧請して鶴岡八幡宮を整備したのですが、これによって八幡信仰は各地に急速に広まっていきました。鶴谷八幡宮は、鶴岡八幡宮との類似点から頼朝が遷座し造営したという話も伝わっていますが、実際のところは定かではありません。もう少し後の時代、建保元年(1213)には源実朝が造営したという記録が残っており(大永の『社記』)、さらに時代を経た里見氏のころになると、義道、義弘、義康が社殿を造営するなど、代々の里見当主の崇敬を集めることになります。徳川時代を経て明治の「神仏分離令」によって別当寺(神社を管理するための寺)が廃されると那古寺と分離。郷社を経て昭和15年には県社に。現在へと至ります。

1000年に渡る伝統的なお祭り

山荻神社

では「やわたんまち」はどのように起こったのでしょうか? その昔、総社において国司自らが司祭したのが総社の祭りで、これがやわたんまちの起源とされています。一般的には全国の総社には6社、あるいは8社が合祀されていましたが、このことから六所祭りともよばれます。鶴谷八幡宮においては、安房神社、洲宮神社、下立松原神社、手力雄神社、山宮神社、山荻神社、莫越山神社、木幡神社の8社によって六所祭りが行われていたようです。この祭りが始まった時期は定かではないものの、山荻神社に伝わる祝詞や手力雄神社などに残る文書などから、およそ延久年間の1070年ごろと推測されています。

高皇産霊神社

この六所祭りの伝統が現在の「やわたんまち」につながってくるのですが、江戸時代以降に、高皇産霊神社、(たかむすびじんじゃ)と子安神社の2基の神輿が加わるようになりました。また、天保10年(1840)ごろには北条の三軒町、南町、六軒町、神明町の各山車と、新宿のお船がこの祭りに加わるようになります。つまり「やわたんまち」は、神輿が集う祭りであると同時に山車・お船の祭りでもあるのです。

放生会(ほうじょうえ)、府中の市としての一面も

山車の競演

いっぽう、全国の八幡神社の祭祀においては「放生会」が併せて執り行われていました。これは殺生を戒める仏教の秘事による儀礼であり、鶴谷八幡宮においても北条海岸でこの放生会が執り行われていました。大正の中ごろまで、出祭した神輿が鏡ヶ浦に渡御していましたが、現在は八幡宮の神輿のみがお浜出し、神幸祭を執り行っています。また、遷座以前の総社の祭りのころより俗に「府中の市」とよばれる農具市が開かれていました。これは遷座後、さらにはのちの時代にも続き、現在でも祭りの期間中は境内周辺に多くの露店が出店し、賑わいをみせています。

子安神社

このようにさまざまな側面をもつ祭りが渾然一体となったのが現在の「やわたんまち」です。従来「六所祭り」あるいは「放生会」は旧暦の8月15日前後に行われており、やわたんまちは明治以降9月14日からの3日間にかけて執り行われるようになります。14日が宵祭(よいまち)、15日が本祭(ホンマチ)、16日が過祭(スギマチ)といい、平日、週末に関係なく行われていました。それが14日、15日の2日間になり、さらに今では移動祝祭日となった敬老の日の直前の土曜・日曜の2日間に開催されるようになりました。日程を変更することは神社側としては苦渋の決断だったようですが、祭りの参加者を確保するためにはやむをえない事情がありました。この盛大な祭りは平成16年に、「安房やわたんまち」として千葉県の無形民俗文化財に指定されています。

祭りの主な流れ2日間!

例年、敬老の日の前の週末の土日(以前は9/15,16の固定日だったが、最近は週末の土日開催になった)の2日間ということになります。まずはそれぞれの神輿や山車の動きを追っていきましょう。

1日目(時間は目安です)
神輿
9:30 安房神社・洲宮神社の神輿が奉幣式(新宿神明神社)
13:00~16:00 10社の神輿が順次入祭(八幡宮境内)

山車・お船
13:30~ 5台の山車・お船が合同引き回し(海岸無料駐車場~神明町神明神社)
15:00  合同引き回し神明神社社殿前に整列
16:00 祭典
16:45 順次退出・新宿神明神社へ
19:30 南町交差点から新宿踏切の間で5台の競演
20:00 新宿神明神社で解散式

2日目(時間は目安です)
神輿
17:00 10社の神輿が順次ご還御(八幡宮境内)
18:00 八幡宮の神輿のお浜出・神幸祭(商工会議所前)
18:00~20:30 安房神社・洲宮神社など六軒町諏訪神社にて休憩

山車・お船
13:00 館山消防署前に集合。八幡宮へ
14:45 年番を先頭に順次到着
15:00 祭典
16:00 順次退出
18:30 館山駅東口に集合。5台の競演によるクライマックス
20:00 年番渡しの儀、解散

そのほか、八幡宮境内では次のような神事が執り行われます。

1日目(時間は目安です)
17:00 六所祭
20:00 三芳・八幡太鼓の奉納

2日目(時間は目安です)
4:00~6:00 出祭各神社朝祈祷
11:00 安房国司祭・祭典

大まかなスケジュールは以上のようになります。
市内中心部全域に渡って山車・お船、神輿の姿を見ることができますが、最大のみどころとしてはやはり八幡宮の境内とJR館山駅東口でしょうか。

八幡神社境内 神輿の競演

境内のみどころとしては、まずは1日目の神輿の入祭。各神社の神輿は参道を駈けながら境内に入り、境内では木遣りとともに、もみ・さしを繰り返したのち長宮(ながみや)とよばれるお借屋に納まります。八幡神社に出祭する神輿はどれも担ぎ棒が2本の「2本棒」と呼ばれるもので、それだけに左右の揺れはダイナミックであり、躍動感あふれる神輿の姿を見ることができます。複数の神輿による「もみあい」も時折みられ、息が詰まるような緊張感を味わっていただけるでしょう。

5台の山車・お船が集合

山車・お船では1日目は、夕方の南町交差点付近での競演が、2日目は八幡宮への宮入りが最初のみどころです。大鳥居前の交差点から勢いよく参道へと入り、大鳥居、二の鳥居をくぐって境内へと参入します。年番の山車を先頭に、境内に参入した山車は所定の位置へと移動し、人形をせり出します。すべての山車が揃うと人形をしまい順次退出。JR館山駅東口で最後の集合を果たし、太鼓や笛、鉦によるお囃子はクライマックスを迎えるのです。

今後のやわたんまちを考える

八幡宮境内に5台の山車・お船が集合

先にも述べましたが「やわたんまち」は時代とともに少しずつを形を変えつつも、古くからの伝統を連綿と受け継いでいます。最近の大きな変化といえば週末に執り行うようになったことですが、ある意味では仕方のないことといえます。やわたんまちは、さまざまな祭りの複合体でもあり、従来の神事の部分とイベントの部分が混在していますが、近年ではイベントの側面ばかりがクローズアップされる傾向にあり、祭りの参加者も見学者の興味もそちらに向いているのが現状といえます。
神輿や山車のパフォーマンスも、歴史を理解した上で見るとまた違ったものに見えるでしょうし、たとえば神輿や山車そのものに目を向けることで、新たな楽しみ方を発見することもできるでしょう。
館山市は他の多くの地方都市同様、若者の都会への流出が顕著ですが、祭りはこれら都会に出ざるを得なかった若者たちを地元に呼び戻す絶好の機会という側面ももっています。先人が築いた伝統をしっかりと守りつつも地域のさらなる活性化を促すための行事として、時代の変化と折り合いをつけながら少しずつ進化していくことを願ってやみません。

館山市のサイト

館山市観光みなと課 やわたんまち基本情報

「なぜ城まつりは南総里見まつりとよばれるようになったの?」

武者行列の殺陣

毎年10月に行われている里見まつりは平成27年の10月で34回目を迎え、
館山の秋の風物詩としてすっかりおなじみになりました。
この「南総里見まつり」、かつては「城まつり」とよばれていたんです。
今回は里見まつりの歴史と、みどころについてのレポートです。

(2012/09掲載:K)

里見まつり、30年の歴史!

館山城

里見まつりの正式名称は「南総里見まつり」。戦国時代の安房の国を駆け抜けた武将、里見氏と、江戸時代の戯作者である曲亭馬琴が描いた伝記小説『南総里見八犬伝』の世界を再現した一大イベントです。地元では「城まつり」または「城まち」とよぶ人が多いので、よそから来た人は少々混乱するかもしれませんね。
このまつりの歴史は昭和57年にまで遡ります。記念すべき第1回が開催されたのは10月31日。そもそも、このまつりは城山公園の山頂にある市立博物館分館、通称「館山城」の完成を記念して開催されたのが始まりです。城山は、戦国時代に安房を治めた里見氏が居城を築き、170年にわたる安房支配の歴史の最後を飾った場所でもありました。館山城は『南総里見八犬伝』に関連する貴重な資料の数々を展示する博物館となりました。つまり、里見氏にも『里見八犬伝』にもゆかりの深い場所といえます。余談ですが、里見氏の居城とはいっても実際にはこのような天守閣はなかったようで、この建物は同時代の城である現福井県の丸岡城を模して建てられたといわれています。

武者行列

そんなこともあり、この「館山城まつり」はスタートから里見氏に関わる催しが企画され、中央公園から城山公園下にかけて「里見水軍パレード」が繰り出しました。武者たちは石和町から参加した甲州武田軍団が務めたといいます。山頂では野点や協賛行事の民謡の集いなどが行われ、見物客は10万人に達したそうです。
翌年の第2回大会では山車、屋台、お船が加わり城山下に集合。また、その年のゴールデンウィークには第1回春の城まつりも開催され、平成元年までは春と秋の2回「城まつり」が開催されていました。
第9回目となった平成2年にはJR館山駅~城山公園にコースが変更。翌平成3年の第10回では房総里見氏の祖先である群馬里見氏の子孫と、房総里見氏を祖先とする土佐里見氏の子孫が参加しました。そして平成5年の第12回で「南総里見まつり」へと名称が変更。里見氏は安房地域全体に影響を及ぼした武人でもあったため、この名称変更によって「館山」という狭い地域のまつりから「安房」地域全体のまつりへと飛躍したのです。

まつりのみどころは3つ

神輿の競演

ここで少し「祭り」と「まつり」の違いについて説明しておきます。まず、漢字で書く「祭り」ですが、これは神社などの神事の流れを汲むものです。豊作祈願だったり、雨乞いだったり、収穫祭だったりとさまざまな神事がありますが、必ず「神様にお願い、または感謝する」という意味合いが含まれています。これに対し、ひらがなの「まつり」には神事の意味合いはほとんどなく、「観光まつり」ともよばれます。その目的は、平たくいえば「多くの人を集客して地域の活性化を図る」ということに尽きるでしょう。
こうしてみると、「館山城まつり」も、今の「南総里見まつり」も、観光まつりであることに変わりありません。まつりの成否は「集客」という言葉に集約されるわけです。そうした背景もあり「南総里見まつり」も回を重ねるごとに工夫を凝らし、集客拡大を図ってきました。それはそれは試行錯誤の連続だったそうです。

武者行列

「南総里見まつり」となった平成5年には30名の里見少年隊(手作り甲冑隊)が誕生し、第20回目の節目を迎えた平成13年にはパレードのコースを鶴谷八幡宮発と城山公園発の2手に分け、北条海岸で合戦が繰り広げられました。またこの年には山車・神輿の数が飛躍的に増え、総計22基が参加しています。「里見ウィーク」として実施されたこのまつりは5万人ほどを集めたそうです。
そして第30回目となった平成23年、まつりの内容に大きな変更がありました。もともとこのまつりは、さまざまな催しが並行して行われるため、昨年の里見まつりを例に簡単に説明しておきます。
まず、まつりの柱は大きく分けると3本あります。
ひとつめは武者行列。これは撮影用の甲冑に身を包んだ総勢100名ほどの武者が行列するというもの。なかにはプロの役者さんも混じっていて、合戦絵巻では迫力ある殺陣を披露してくれます。ここには、全国から募った八犬士や伏姫などの『南総里見八犬伝』の登場人物もいれば、史実の里見氏の歴代当主たちの姿もあります。森田健作千葉県知事も毎年参加してくださっており、里見義康を演じました。50名ほどの侍たちは海上自衛隊館山基地のみなさんたち。その後ろには手作り甲冑隊が続きました。

山車・屋台

次に、山車、屋台、神輿のパレード。2011年は節目の年ということもあり総勢30基以上の山車・神輿が集結しました。それまでコースに入っていた城山公園は外され、館山駅西口と北条海岸、八幡海岸あたりの狭いエリアでのパレードとなりました。これによって、移動の不便を強いられていた観客の移動距離も少なくなり、よりじっくりとまつりを見ていただけるようになったそうです。
そして、昨年から始まり大好評だったのが「ご当地グルメ」です。震災復興の応援として被災地宮城県から「気仙沼ホルモン」などが集まり、また2日目には館山市やその周辺からのご当地グルメや物産が集合し、大変な賑わいとなりました。
こうした大きな変更が可能となった背景には、駅西口から北条海岸周辺の再開発が完了したことも無視できません。特に海岸沿いの道路にはイベントスペースに利用できる駐車場が整備され、広々とした歩道も完成しました。飲食店の屋台を駐車場に集めたことで、観客は間近でパレードを観覧できるようになったのです。
また、西口から海岸へと続く通称「夕映え通り」の完成も思わぬ効果を上げています。各町から出ている山車は、ともすればそのスピードで勇壮さを競うものですが、里見まつりでは安全上の配慮から走るのを禁止にしました。その代わりにセリ台から人形を出した状態でパレードを試みたところ、走ることに対する抑制になったばかりか、見る側引く側双方に好評だったのです。これは地上に電線がない街並みだからこそできることで、思わぬところで効果があったということです。

ずばり、今年のみどころは?

神輿と山車

ざっと昨年を振り返ってみましたが、今年はどこに注目すればいいのでしょう? 当日、進行委員長を務める畠山さんにお話をうかがってみました。
まず山車・神輿ですが、これは昨年よりも10基ほど少なくなり全部で23基。館山の神輿7基、館山の山車・お船5基、北条の山車・お船・屋台6基、那古・船形の山車・屋台5基がそれぞれ1つのグループになってパレードします。今年はコース上に整列する時間を設けますので、山車や神輿に施された彫刻などをじっくり見ていただくこともできそうとのこと。
武者関係のパレードは、ブラスバンド→武者隊→手作り甲冑隊→来賓(招待者)→わんわん八犬士→メモリアルウォークの順で練り歩きます。伏姫や八犬士は全国に募集をかけ、沖縄、岐阜、長野あたりから駆けつけてくれる方もいらっしゃいます。森田知事も義康役で参加予定です。
昨年までと異なるのは、武者関係のパレードは、神輿、山車が整列した脇を歩くということ。昨年までは山車・神輿と武者隊がすれ違うことすらなかったので、これまで担ぎ手、曳き手だった人たちも今年は武者行列を見ることができそうです。
みどころはいくつかありますが、やはり今年も西口交差点付近がみごたえがありそうです。混み合う場所なので、早めに到着するといいでしょう。

ご当地グルメ

昨年好評だったご当地グルメは、1日目は被災地からの屋台が北条海岸で、2日目に城山下に場所を移しましたが、駐車場のキャパシティの問題などがあったため、今年は2日間ともに北条海岸で開催されます。すでに60以上の団体の参加が決まっており、昨年以上の盛り上がりをみせそうです。
1日目を締めくくる花火は今年は1000発ほど打ち上げる予定です。時間にして15分ほど。昨年は花火の前に神輿隊は解散となっていましたが、今年は神輿の担ぎ手にもしっかりと花火を鑑賞していただき、花火が終わってから帰路につくことになっています。

今後の南総里見まつり

迫力ある合戦絵巻

ご当地グルメが好評だったこともあり、まつりの来場者は「やわたんまち」に迫るところまで来ているそうです。今年も昨年以上にPRに力を入れていることもあってか、団体の観光バスが17台来る予定で、JRも臨時快速列車を運行させます。さらに、当日はいくつかの旅行会社が視察に来ることになっていますので、来年はさらに多くを集客することが見込まれます。
畠山さんにお話しを伺っている際、山車・神輿、武者隊のパレードの、分刻みのスケジュール表を見せていただくことができました。また、当日は進行委員長の畠山さんを中心に各地区から数人ずつが進行管理の任につくことになっており、このイベントの成否は彼らの手にかかっているということがよくわかりました。まさに縁の下の力持ち。まつりが終わるとすぐに反省会をし、来年度の準備にとりかかってきたといいます。6月くらいからは月に2回~4回も会合が開かれ、打ち合わせを繰り返してきたそうです。皆さん、このまつりの準備は本業の合間のボランティアであることを思うと、本当に頭が下がる思いでした。
最後に、畠山さんに今後の展望を聞いてみました。
「おかげさまで祭りの知名度は少しずつ上がってきており、多くの人に知ってもらえるようになりました。もう少し増えれば、海岸線に桟敷席を設けたり、パフォーマンスを採点して順位をつけることもできるかもしれません。目標は「佐原のまつり」です。あれぐらいみなさんに愛されるまつりにしていきたいですね」
「館山」のまつりから「南総」のまつりへと飛躍した里見まつり。もしかしたら千葉県を、さらには関東を代表するまつりへと発展する日も近いのかもしれません。

南総里見まつり

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