なぜ館山は鮨(すし)のまちなの?

館山は「鮨のまち」と呼ばれます。
ネタもシャリも大ぶりな「房州鮨」を出す店も多く、鮮度抜群な地魚の握りも人気です。
なぜ館山が鮨のまちと呼ばれるようになったのか、その背景を探っていきましょう。

(2011/11掲載:K)

「房州鮨のルーツ」は江戸時代に誕生?

"寿し甚「地魚寿し」<br

館山は「鮨のまち」と呼ばれています。市内全域に寿司屋が点在しており、地元客はもちろんのこと、観光客にも人気の店も数多くあります。彼らのお目当ては地魚をネタに使ったものや、ちょっと大きめサイズの「房州鮨」。館山の寿司を考える前に、寿司の歴史を少し振り返ってみましょう。
まず、寿司の誕生は紀元前にまで遡ります。当時の寿司は魚に米や塩を混ぜて乳酸発酵させたいわゆる「馴れずし」が主流。どちらかというと保存食の意味合いが強いもので、これらは仕込みから食するまで数カ月もの期間が必要でした。現在も馴れずしの文化は日本の各地に残されています。

"巴寿し「おまかせ満足コース」<br

時代が進み「酢」の製造が始まると、発酵させる代わりに「酢」が利用されるようになりました。これが現在の「押しずし」へと発展してゆきます。これらは「早ずし」と呼ばれ、すぐに食べられるというのが大きな特徴です。こういった変遷を経てようやく「握りずし」が世に登場したのです。すでに世界でもポピュラーになりつつある「握りずし」ですが、その歴史は思いのほか新しいものだったのですね。

握りずしの誕生

さて、この握りずし、江戸前の魚を使うことから「江戸前寿司」と呼ばれます。最初は屋台で提供されたようで、江戸時代版ファストフードともいえるでしょうか。立ち食いのスタイルはせっかちな江戸の人たちの気質にもぴったり合い、あっという間にポピュラーな食べ物となりました。小気味よいリズムで握る職人の技に、江戸の人たちは目を白黒させたに違いありません。

コラム「握りずし誕生の物語」

 「握りずし」の誕生に関しては諸説ありますが、江戸にあった「与兵衛ずし」の初代当主、華屋与兵衛(はなやよへえ)の発明とするのが一般的です。文政年間といいますから、今からおよそ200年前。そばや菓子、天ぷらなどがより洗練された食の激変の時代でもありました。当時「与兵衛ずし」では、握り飯の上に脂を絞った魚を乗せて蓋をかぶせ、上に重石をして圧をかけたものを提供していました。3~4時間経ったころから提供できるようになり、3日ほどは日持ちしたといいます。ただし、これだと時間がかかるうえに脂をしぼることでせっかくの魚の旨みが台無しになるということで、これを嫌った与兵衛は改良を重ねて「握りずし」のスタイルにたどり着きました。
実際には与兵衛以前にもすでに握りずしのようなものは存在していた訳ですので、与兵衛を発明者とするのはちょっと言い過ぎですね。
(参考資料:『家庭鮓のつけかた』小泉清三郎著 1910年)

押送船(おしょくりぶね)ではるばる江戸へ。生魚供給地としての役割

押送船(おしょくりぶね)

そんなこんなで幕末の江戸では生魚の需要が急速に増大。館山はその需要を満たすための供給地としての重要な役割を担っていました。近海で獲れた魚は一度館山で水揚げされてから高速の押送船に積み替えられ、江戸に向けて送り出されました。押送船は驚くほど軽量にできており、帆と櫓を巧みに使って条件がよければ館山と江戸をわずか10時間ほどで結んだといいます。こうして館山は生魚の供給地として栄えました。
当時は西日本と江戸とを結ぶ海路の要衝であり、人や物が集まる場所でもあった館山のこと。江戸をならって寿司屋の屋台が出ていたかもしれません。
現在も続く老舗寿司屋のなかにも江戸時代に創業したという店もあります。周囲を良港に囲まれた立地、江戸への生魚供給地としての実績からも、館山は寿司文化が根付くのにふさわしい場所だったのでしょう。

1カンで満腹?昔の握りずしは巨大だった

江戸時代も終わりに近づくころになると、握りずしのスタイルが徐々に確立されていきました。現在のいわゆる「江戸前寿司」と決定的に異なるのはそのサイズ。当時の握りずしは現在の一般的なサイズの4倍はあろうかという巨大なものだったようです。食事というよりむしろおやつの感覚に近かったのでしょう。
寿司の高級化が進むにつれて江戸前寿司はだんだん小さくなっていきましたが、当時の大型握りずしの面影を残しているのが館山でときどき目にすることができる「房州鮨」です。「田舎ずし」と呼ばれることもあるこの「房州鮨」、呼び名自体は最近になって使われ始めた新しい言葉のようですが、ルーツはどうやら江戸前寿司にありそうな気配です。はたして、房州鮨はかつての江戸前寿司の正統派後継者なのでしょうか?

房州鮨のルーツを探る

"鮨匠

ではそのルーツを探ってみることにしましょう。市内のお年寄りや寿司屋のご主人たちへの聞き取り調査などから次のような話が出てきました。
まずは、漁師や水主が船の上で食べた食事が房州鮨の始まりではないかという説。新鮮な魚をおかずに手っ取り早くお腹を満たすには、あらかじめ用意しておいた握り飯に生魚を載せて頬張るのが一番簡単。小さく握る必要などどこにもありません。一時代を築いた南房総の漁法のルーツは江戸時代に移り住んだ関西漁民にありますが、ひょっとしたら彼ら関西漁民が漁の技術とともにこの食べ方も伝えたのかもしれません。

"竹寿司「おすすめ寿し」<br

もう一つは、家庭料理としての握りずしが前身だとする説。この地域では寄り合いなどの際、箱いっぱいに酢飯の握りを作り置きしておき、来客があると別に用意しておいた刺身を載せて供していました。
いずれの場合も、お腹を満たすことに重点が置かれた寿司ですから、握る手間などを考えると大型であるほうが何かと都合がよかったようです。「房州鮨」が「田舎ずし」と呼ばれるのも納得ですね。
残念ながら昔の江戸前寿司と現在の房州鮨とを結びつける文献のようなものはまるで残っておらず、真相は闇の中。いずれにしても、昔から館山の寿司が大きかったことだけは間違いないようです。ルーツはどうあれ、館山名物の1つとして確固たる地位を築いているのですから、この伝統は大切にしていかなければなりませんね。

鮮度が命!館山の寿司がおいしいワケ

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さて、館山の寿司の魅力ですが、もちろん大きさだけではありません。他のどんな地域にも負けないもの。そうです、ネタの鮮度です。朝に水揚げされたものをその日のうちに提供すること。ネタの鮮度が命の寿司にとって当たり前のようですが、この課題をクリアするのが意外に難しい。そもそも寿司というのは魚の水揚げから流通、酢や米の質、職人の腕など、どれか1つが欠けてもおいしいものにはなりません。たとえば、海外に見られる近年の寿司ブームにおいても、一部の都市を除けば舌の肥えた日本人を満足させる店を見つけるのは至難の業です。

旨い寿司の第一条件はネタが一番おいしい状態のときに提供することでしょうか。魚には食べどきというものがありますが、さばきたてものから少し熟成させたものまで、常に一番いい状態のものを提供できるというのは海に囲まれた館山ならではの利点といえるでしょう。たとえば東京近郊の寿司屋の多くは築地市場から仕入れています。日本が誇る魚市場ですから新鮮な魚が豊富に揃うというのは疑う余地のないところ。とはいうものの、築地で競りにかけられる魚のほとんどは前日に水揚げされたもの。東京の寿司屋がいくらがんばっても、築地から仕入れている限りは朝獲れの魚を入手することはかなり困難なのです。館山の場合は、その日の朝に近郊の港に水揚げされたものが午前中に競りにかけられますので、昼過ぎには寿司屋に届くことになります。この1日の違いが大きいのです。

もちろん寿司職人の目利きも重要で、店によっては漁港から直接買い付けている場合や、さらには自ら釣りや漁に出て、納得できるものだけを提供するというツワモノもいます。また、定番の寿司ネタだけでなく、運がよければほとんど外には流通しない近海もののネタをいただけるというのも、館山の寿司の魅力の1つです。珍しい地魚の寿司を食べるためだけにわざわざ都心から足を運ぶ人もいるほどですから。
どこか懐かしい香りのする「房州鮨」と、一期一会の「地魚寿司」。鮨のまちと呼ぶにふさわしい館山の実力をお分かりいただけたでしょうか?

寿司だけじゃない!なめろう、さんが、水なます

  

寿司のほかでは、「なめろう」や「さんが焼き」、「水なます」が房州の郷土料理として知られています。
「なめろう」は、アジのたたきにネギやショウガなどの薬味と味噌を練り合わせたもの。魚のたたき具合によってさまざまな食感を楽しめます。そして、それを大葉で包んで焼いたのが「さんが焼き」、冷製スープ仕立てにしたのが「水なます」です。いずれもアジの代わりにイサキやタカベ、トビウオなどが用いられることもありますが、どれもが美味でご飯がどんどん進みます。お酒との相性が抜群なのは言うまでもありません。
車を運転される方は、ぜひ館山へはお泊まりでおいでください。地元で獲れた新鮮な魚介を肴にお酒をいただく至福のひととき。館山の旅は新鮮魚介の味とともに、思い出に刻みこまれることでしょう。

館山の鮨を元気にします!~館山鮨商組合

全国鮨商組合の時代から数えると30年以上の歴史をもつ寿司屋の組合。現在15店が加入しており、情報交換をやPR活動などを通して館山の寿司のレベルアップに切磋琢磨しています。組合加入店が特に力を入れているのが「地魚握り」と「さんが焼き」。統一された内容ではなく店の独自性を大切にしているため、それぞれの店の個性が前面に出ています。ぜひ食べ比べてみてください。
(記事内で紹介している店はすべて鮨商組合加入店です)

  

 

コラム「ネタは南房総全域から調達!」

内房と外房では獲れる魚種が若干異なるため、多くの寿司屋では南房総全域の漁港からネタを仕入れています。おもな漁港は館山では船形漁港、内房では保田や岩井、外房では千倉、鴨川、勝浦などがあります。これらの漁港では午前中に競りが行われますので、その日の午後には寿司屋に並ぶことになります。館山の寿司屋でいうところの「地魚」とは、館山で水揚げされた魚だけでなくこの地域で獲れた魚全体のことをいう場合が多いようです。
(写真=館山市船形漁港)

なぜ館山は真冬に花いっぱいになるの?

ひと足早い春の訪れを告げる南房総のお花畑。
館山でも12月になるとあちらこちらで色鮮やかな花が開き、訪れる人々の心の癒しにひと役買っています。
温暖といわれる館山の冬。
どうやらそれ以外にも花いっぱいの理由がありそうです。

(2011/11掲載:K)

10万株のポピー畑! 花いっぱいの南房総


花のまち館山。いよいよ冬本番を迎える12月、館山には一足早く春が訪れます。花畑には色とりどりのポピーが咲き誇り、1月に入ると「日本の道100選」にも選ばれた房総フラワーラインを菜の花が黄色く彩ります。
温暖とはいえまだまだ寒いこの時期、どうして花いっぱいになるのでしょうか?その謎を探るべく、7500平方メートルという館山最大のポピー畑をもつ館山ファミリーパーク(以下館山FP)を訪れました。
ひと口にポピーといってもさまざまな種類があります。ここ館山FPで栽培されているポピーは、シベリア原産のアイスランドポピーという品種。「寒い土地」で育つことからアイスランドという名がついたそうで、アイスランド共和国とは関係ないようです。それをベースに独自の交配を重ねた、いわばここだけのオリジナル。このあたりにも秘密の鍵が隠されているようです。

種まきは7月、花を咲かせるまでにはさまざまな苦労が


まずはポピーの一生を追いかけてみましょう。語ってくれたのは館山FPで育成主任を務める長谷川さん。ポピーの出来不出来はこの人の双肩にかかっているといっても過言ではありません。
ここ館山FPでは播種から採種までを一貫して行っており、1年のうち10カ月間はポピーに関わっていることになります。ポピー栽培の第一歩は7月の種まきから。いわゆる「ケシ粒」のような小さな種をまきますが、最初は温度や水の管理がしやすいハウス内で育てます。8月になると、かわいらしい芽を1本1本箸でつまんでポットに移植。その数はなんと10万本! スタッフ総出の楽しくも辛い作業が数日間続きます。9月末から10月初旬にかけて、背丈が5~6cmほど、葉っぱが7~8枚になったところで畑に定植。ここからが露地栽培になります。
この辺りは海が近いこともあり畑は砂地。水や肥料の管理が大変で塩害にも気をつけなければなりません。10万株ものポピーを育てるには毎日状態を見て回ることが不可欠だそうです。順調にいけば11月ごろからぽつぽつと花が咲きはじめ、花摘みが始まる12月には花いっぱいのお花畑になります。


1つの株には10~20もの花やつぼみが見られ、花を摘むと次から次へとつぼみが出てきます。1つの株が咲かせる花は1シーズンでは実に100以上! 花を放置しておくと種ができ、それ以上つぼみが出なくなってしまうので、シーズン中は種ができないようにすべての花を摘み取ります。4月下旬、いよいよシーズンも終盤を迎えると、ようやく来シーズンの種を取る作業。採取された種は7月に播種され、そこからがまた次のシーズンの始まりです。

ポイントは温暖な気候と作り手の真心

白いポピー

館山の冬は温暖だというのが定説ですが、意外に寒いと感じる人も多いようです。特に海沿いは強風にさらされることも多く、なおさら寒く感じます。とはいうものの、実際に気温を数字で見てみると、最高気温は他の地域とそれほど変わらなくても最低気温はいくぶん高め。その点を考えると「温暖」であることに間違いはないようです。
館山を温暖にしているのはすぐ近くを流れる海流です。館山FPのある平砂浦の沖合には、南からの暖かな黒潮が西から東へと流れています。そのため、急激な冷え込みが少なく、霜が下りるのは年間でせいぜい10回くらい。雪もほとんど降ることはありません。「暖かい」というよりは「寒くならない」ことこそが真冬に花いっぱいになる第一条件となります。


さらに、花いっぱいの秘密は気候だけではありません。そこに作り手の苦労が加わって初めて見事な花畑が完成するのです。たとえば種まき。12月に花を咲かせようとすると、暑さが厳しい7月に種をまく必要があります。畑に定植するまでの約1カ間はハウスの中で育てますが、ある猛暑の年にはポットに移植した芽の大半を枯らしてしまったこともあるそうです。枯れた分は移植しなおしたそうですが、なにせ10万株です。箸を使っての気の遠くなるような移植作業をもう一度繰り返したそうです。
もちろん台風も大敵です。畑への定植後に大型台風が直撃すると畑は壊滅。ハウス内で育てる夏の間もハウスが飛ばされるようなことにでもなれば全滅は免れません。自然災害の恐れがあると、夜を徹して苗を守る努力がなされているそうです。
館山FPでポピー栽培の歴史はじつに30年以上。南房総随一のポピー畑は、長年蓄積された花栽培のノウハウとスタッフの愛情によって保たれているのです。

つぼみがターゲット! ポピー摘みのコツ


このようにスタッフの皆さんの苦労が結実し、今年もまた見事なポピー畑になりました。まだ未体験の方のために、簡単にポピー摘みのコツを伝授しちゃいましょう。
ポピーはつぼみの状態のものを摘み取ります。花の色は白、黄、オレンジ色の3色が基本で、赤やピンクの花はかなり希少といえます。つぼみの段階では色を見分けることはできないのですが、株によって花の色が決まっているので、同じ株の花の色から判断することができます。つぼみは、上を向いたものや下を向いたものなどさまざまですが、摘むのは頭が垂れたものでも大丈夫。開花が近づくとしっかりと上を向いてくれます。ハサミを使い、株を傷つけないよう注意しながら根元近くから切るのがコツですね。


花摘みの際に気をつけたいのは、花をいつ咲かせたいのかを意識しておくこと。たとえば上にピンと立ったつぼみは開花がもうすぐ。遅くても翌日には開くので、すぐに花を楽しみたいなら上を向いたつぼみを狙うといいでしょう。2~3日後を見ごろのピークにするなら下を向いたつぼみを摘みます。開花のタイミングは、温度管理で多少コントロールすることも可能です。開花を早めるには室温を高めに、開花を遅らせたいなら温度が低い場所に置いておくといいそうです。

また、ポピーの花は通常3、4日ほどで散ってしまいますが、長もちさせるための裏技があります。まず水につけた状態で茎を切り、その後切り口をコンロやライターなどで黒く焦がします。あとは水の入った花瓶に挿しておけばOK。こうすることで1週間は花の状態を保つことができるそうです。

冬の寒さも忘れさせてくれそうな可憐な花々。館山FPには、金魚草やヒマワリなども咲いています。また、1月中旬ごろにはストックの花摘みも始まり、いよいよ花摘みシーズンが本格化してきます。
ひと足早い春を告げる花いっぱいの南房総。ぜひ一度足を運んでみてください。

コラム「南房総の花栽培 館山の花栽培事始め」

 この地域の花づくりの歴史は古く、南北朝時代に遡ります。当時の花園天皇の皇女が、京都を逃れて舟で淡路島に向かったところ遭難。現在の南房総市和田町に流れ着き、その時持っていた黄色い花を村人に与えたのが始まりという伝説が残っています。
近代の館山では大正2年(1913)、現在の西岬地区の住職、岩永益禅さんが船員から譲られたキンセンカの種を植えたのが始まりだそう。もともと米などの裏作として始まったものですが、露地栽培が可能な温暖な気候に助けられ、次第に花栽培が盛んになっていきました。
第二次世界大戦中、食糧増産の必要性から花作り禁止令が出されると、花の徹底排除が始まりました。農地ではイモなどの食糧しか栽培してはならず、花の栽培はもちろんその種苗を持つことさえも禁止。安房地域の花栽培は大打撃を受けます。そんな状況のなかでも、花を愛する農家たちによってこっそりと種苗が隠し持たれ、そのおかげで戦後早い時期に栽培を再開することができたというエピソードも残っています。
戦後は水田からの転作が奨励され、栽培面積が拡大。現在では安房地域全体が日本有数の切り花の産地として広く名前が知られるようになりました。また、ストックの生産では館山市名誉市民となった黒川浩さん親子が120種以上の品種を開発。ストックの栽培は全国の出荷量の80パーセントを超える規模にまで成長し、日本一のストック生産地になっています。
(写真=館山ファミリーパークのストック)

  

コラム「ポピーの撮影は難しい!?」

 せっかくポピー摘みに行くなら、きれいな花畑の風景もしっかり撮影して帰りたいもの。ポピーの花畑の撮影は意外に難しいのですが、それにはいくつか理由があります。
まず、肉眼では花いっぱいの畑に見えても、ただ漫然とシャッターを押しただけでは花はまばらにしか写りません。「花いっぱい感」あふれる写真を撮るには、ズーム機能を使ってできるだけ望遠側で狙うといいでしょう。その際、目線を少し下げると、花がびっしりと入った写真になります。また、畝(うね)と並行に撮ると土の部分が目立ってしまうので、できるだけ畝と直角に近い角度がおすすめです。
次にポピーの花は太陽の方向を向いているので、花を正面から撮ろうとすると太陽を背にした順光の写真ばかりになってしまいます。言い換えると、花びらの透明感を出すために逆光で撮ろうとすると、花の裏側ばかりの写真になります。
また、館山ファミリーパークは海岸に近いので、冬は風が強い日が多くなります。ポピーはひょろっとした茎に大きな花が乗っかっているので、ちょっとの風でもゆらゆらと揺れ、花のアップを撮るのは結構大変です。
よく晴れた、風が穏やかな日が撮影日和。できればたっぷりと時間をかけて、いろいろなアングルで撮影に挑戦してみてください。

館山ファミリーパーク

オフィシャルサイトへ!

住  所 館山市布沼1210
電  話 0470-28-1110
営業時間 9:00~17:00 (季節により異なります)
休  園  日 Aシーズン:無休 Bシーズン:木曜日
入  園  料 800円/大人 550円/子ども(4歳以上

ポピーの花摘みは12月1日~5月初旬

なぜ館山にはレタスを使った料理が多いの?

「館山」と「レタス」 この2つのイメージ、結び付きますか??
館山には、さんが、なめろう、房州うちわ、唐桟織(とうざんおり)、里見焼、貝細工、つづれ錦織特産品などなどたくさんの特産品がありますが、実は「レタス」も特産品だったんです。名付けて神戸レタス(かんべレタス)。「こうべ」ではなく「かんべ」と読みます。兵庫県の神戸市も、もとは「かんべ」だったようなので、むしろこっちがオリジナルなぐらいです。皆さん、これからは「神戸」を「かんべ」と呼びましょう!
さて、それでは今回の謎に迫ってみたいと思います!

(2011/11掲載:H)

神戸(かんべ)レタス

神戸レタスは、日本初の冬レタス??

レタスは西洋野菜ですので、日本では比較的新しい作物です。神戸においても、レタスが大々的に栽培される以前はキュウリやスイカの産地として栄えていました。それでは、レタス栽培の始まりはいつなのでしょうか。

進駐軍(写真提供=安房文化遺産フォーラム
進駐軍(写真提供=安房文化遺産フォーラム)

日本でレタスが栽培されるきっかけになったのは、第二次大戦後の進駐軍だと言われています。レタスといえば、長野県の高原レタスが有名ですが、こちらも進駐軍への軍用が始まりです。ところで館山は終戦後初めて進駐軍が上陸した土地であったということをご存じでしょうか?驚きですよね。東京湾の入口にある館山は、海路における首都防衛の最後の砦、軍事戦略上非常に重要な東京湾要塞司令部があった場所です。そのため、多くは取り壊されてしまっていながらも、今でもたくさんの砲台跡地や防空壕などが残っています。館山と戦争の関係はまた別のテーマを設けて追求せねばならないでしょう…。
ともあれ、終戦直後に真っ先にアメリカ兵が上陸した土地であり、本州で唯一直接軍政が敷かれ、多くの進駐軍が出入りしたこの館山で、西洋野菜が作られないわけがありません。また、関東圏でも比較的温暖で砂地の土壌をもつ館山は、高原レタスとは特徴の異なる良質な冬レタスを栽培できる絶好の環境にありました。こうした経緯があって、館山が日本で一番早く冬レタスを作り始めたと言われているわけですね。

館山市清浄そ菜組合結成

さて、当時のアメリカ兵は日本野菜の栽培事情を前に、神戸地区に次の点を要望しました。

・レタス・パセリ・セロリ・サラダ菜などの西洋野菜の栽培
・清潔な野菜栽培環境と害虫の検査

戦前の日本は肥料が少なく、野菜作りには下肥(糞尿)を使用していましたが、これは進んだ農業技術をもっていたアメリカの兵には受け入れがたいことでした。当時の様子が次の文に表れていますのでご紹介します。

「米軍は回虫卵によりレタスが汚染されることを警戒した。そこで直接来房し、圃場の土やレタスを持ち去り検査した。回虫卵が見つかれば不合格産地として買い付けなかったので、関係指導機関や出荷組合の責任者は、その対策に大変苦慮したという」
「米軍の回虫検査は厳しく、当時の経験者は苦い思い出として残っているといわれる。検便は家族全員、約150人で保健所に検査し、回虫については1~2回程度の投薬でパスしたものの、十二指腸虫については、薬は大変飲みづらく、投薬した翌日には家族一斉に黄色い太陽を見たと語られ、身体から離れるまでに丸3年を要したと言われる」
(『レタス20年の歩み』レタス組合の歴史 昭和56年)

神戸のレタス畑
神戸のレタス畑

こうした困難を乗り越えて、全国的にいち早く清潔で安心な野菜を栽培しようと結成されたのが、「館山市清浄そ菜組合」です。昭和32年のことでした。
今でも神戸レタスを栽培している生産団体を「清浄そ菜組合」といいますが、どこか聞きなれない言葉ですので、疑問に思っていた方がいらっしゃるかもしれません。神戸の野菜は、非常に洗練されていて質の高いものが多く、特にレタスは毎年の築地市場における品評会でトップクラスの称号を獲得するほど、高い評価を受けています。神戸地区に野菜品質へのこだわりが伝統的に根付いているのは、組合結成以来の農家さんの努力と思いが引き継がれているからではないでしょうか。「清浄」という言葉に始まった神戸レタスの歴史、それは戦後焼け野原から新しい日本を創り出す大きなエネルギーの表れでもあったのです。

―神戸レタス 実績の歴史―

NHKラジオ「ここはふるさと旅するラジオ」  神戸レタスの紹介 2011年12月1日
NHKラジオ「ここはふるさと旅するラジオ」  神戸レタスの紹介 2011年12月1日

昭和44年 国の野菜指定産地に認定
NHK番組「早起き鳥」にて紹介
昭和46年 千葉県レタス立毛共進会 特別賞3名
昭和52年 千葉県知事賞受賞
他受賞多数

新風巻き起こる神戸産のレタス 現在!

これまでの概説で、神戸農業の歴史が、いかに館山の、ひいては日本の歴史と密に絡み合っているかお分かり頂けましたでしょうか?そうした歴史の局面において、神戸地区の農業者は敏感に新しい態度でもって問題と向き合い、常に消費者の笑顔を念頭に置いてきたのです。
この神戸流儀の農業スタイル、市場においては常にトップクラスの高評価を叩き出してきたものの、大型スーパーの全国展開などで野菜全体の価格が下落したこともあって、一時不振を余儀なくされておりました。全国的にも後継者問題や安価な輸入品との価格競争など、日本農業の行先が危ぶまれているのはご承知の通り。
しかし、この逆境だからこそ輝くのが神戸スタイルです!持ち前の柔軟なアイディアと、これまでに築いた日本一の味を活かして、昨今新風が巻き起こっております。

川上文代先生×安西淳さん対談
川上文代先生×安西淳さん対談

どんな動きがあるんでしょうか?

そこで今回は、館山市清浄そ菜組合青年部役員であり、神戸地区の農業に新たなビジョンを導き出している農業経営者・安西淳さんと、地元館山出身で全国的に著名な料理研究家・川上文代先生との談話の中からそのポイントを探ってみました。

 

① 組合員全員がエコファーマー
―安全で美味しい野菜を育てるための土壌づくり―

驚くことに、館山市清浄そ菜組合の組合員全員が農林水産省指定のエコファーマーの認定を受けています。エコファーマーとは、持続性の高い農業生産方式の導入に取り組んでいる農家に対して都道府県知事から与えられる称号のこと。平成11年から始まった制度です。最近は有機農に取り組む農家も増えてきている時代なのでご存知の方も多いかもしれませんが、農薬や化学肥料は人体に影響を及ぼすだけでなく、土壌やそれを取り巻く環境にも変化を与えてしまいます。長期的なビジョンの中で農業を考えると、こうした農薬や化学肥料はなるべく少なくしていった方が好ましいでしょう。この取組みに組合員全員が参加しているという「清浄そ菜組合」、こういった所にも安全で清潔、クリーンな農法を開発してきた先人の意志が受け継がれているように思います。

「農薬や化学肥料を使うと早く育つんだけど、棚持ちが悪くなってしまうんだよね。神戸産のレタスは、化学肥料をなるべく使わずに、じっくり時間をかけて育てた冬レタスだから、その分中身もぎっしりしてて日持ちがいいんです」と安西さん。またそれに加えて川上先生によると「デリス・ド・キュイエール(渋谷区にある先生の料理教室)にも何回かに1回農薬が多くかかった野菜が届きますが、普段そういったものを使っていないので、たまに入っていると料理全体が農薬の味に染まってしまうのがわかるんです。その時はもう捨てるしかないので、勿体無い」とのこと。
しかし、そうはいっても本来農薬は農作業の効率化を目指して開発されたもの。農薬を減らすには大変な苦労が伴います。「レタスにつく虫っていうのは、幼虫の間は全く目に見えないほど小さいんです。それでいてビニールを被せて保存すると、一匹でレタス丸ごと食べられてしまうんですから困ったものです。彼らからしたら野菜パラダイスですよまったく」と安西さんが述べるとその場は笑いの渦となりました。

ここで、館山市清浄そ菜組合が実践している農薬を使わない害虫対策をご紹介します。
今年は、直売所「百笑園」が窓口となってナイトウォーキングが催されたほど見た目も美しい防虫設備。名前を「防蛾灯」といいます。

防蛾灯
防蛾灯

どうですか?綺麗でしょ?
レタス栽培で最大の天敵は、「オオタバコガ」と呼ばれる蛾の幼虫です。彼らは1つの結球に1~2個の卵を産むのですが、孵化した幼虫は結球の内部まで侵入し、レタスを食べ尽くしてしまうそうです。実際にこの蛾を防ぐために、農薬を使った防虫対策やフェロモン剤にて誘引することによる捕殺も行われてきたそうですが、効果が年々薄れてきていることや、安西さんの述べる「レタス自身の生命力」を大事にする視点から新たな試みに踏み込むことになりました。オオタバコガは夜に卵を産み付けるのですが、防蛾灯の黄色い光は、彼らが昼を感知する光の周波を出しており、夜を昼と勘違いさせることができます。そのため、農薬や様々な防虫剤を用いずに蛾の侵入を防ぐことができるのです。

② 消費者に対してオープンな農業
―顔の見える信頼感と旬の野菜を楽しむ喜びー

料理研究家 川上文代先生
料理研究家 川上文代先生

川上先生は、自身の主宰する料理教室にて神戸野菜を選ぶ理由として、安西さんなど神戸農家さんとの「顔の見える信頼関係」と「旬」によって季節を楽しむことが大きいと述べます。

川上先生
「最近は、スーパーなどでも農家さんの写真を載せている所が増えてとてもいいと思いますが、やっぱり一番はお互いの顔が見える関係だと思います。神戸農家さんだからこそ、どんなところに工夫しているのかとか、今年から新しくなったポイントとか、たくさんのお話を聞くことができます。だからこそ今年はどうかなぁ~と期待して旬の野菜を待ちながら季節を楽しむことができる。もうすぐトウモロコシの時期だなぁとかね。」

神戸レタス農家 安西淳さん
神戸レタス農家 安西淳さん

安西さん
「そうそう、どんなお客様に対しても最高のレタスを食べてもらおうと努力しているわけですが、こうして直接やり取りのあるお客様からお褒めの言葉を頂いた時にはやりがいを感じずにはいられないですね~。特に先生は、ズバっとおっしゃられる方なのを知っているので(笑)。流通に乗せるというのは良くも悪くも大きさや形が評価の強いポイントになると思うのですが、農産物の楽しみ方ってもっと他にもたくさんあると思っているんです。その間口をどんどん広げていけたらいいですよね。」

 

今や日本の料理研究第一人者ともいえる川上先生は、年間を通して料理の多くのバリエーションを著作や教室にて教えてくれます。そんな彩りと美しい料理の背景には、「旬」の食材選びがあるとのことです。私たちは現在、ほとんどの作物を年中食べることができますが、ミネラルも多く栄養価も高い「旬」な野菜を使いながら料理を楽しむ、という先生ならではのお言葉に、改めて料理の深さと喜びを感じました。
この点は、安西さんの述べる「農産物の楽しみ方」も共通しているのではないかと思います。元小売業にて活躍していた安西さんは、人が作物を購入するときの流れを「目で感じて」→「舌で味わう」と表現されました。レタスは種類によっての見た目もほとんど大差なく、味のインパクトは他の野菜に比べて少ないといいます。だからこそ、じっくり味わってもらった上でわかる本物のレタスの味をできるだけ多くの人に知ってもらいたい。その信念のもとオープンで信頼性の高い農業を実践しているのです。
安西農園ではNPO法人おせっ会直売所の百笑園らとともに体験農業の受け入れや案内を行なっています。今まで気づかなかった農産物の楽しみ方を知って、これからの時代の野菜との付き合い方を学びあえるといいですね。

 

③ 神戸産レタスを使った料理の数々―

さて、これまでの説明で神戸レタスが館山の特産品であり、かつ常に進化を遂げてきた館山農業の代表作であることが大体おわかり頂けたと思います。神戸産のレタスは12月~3月頃の今が旬!ここでいよいよ、神戸産のレタスを使った館山市ご当地メニューをご紹介します!

レタスカレー オーパヴィラージュ
レタスカレー オーパヴィラージュ

レタスカレー

OPA VILLAGE オーパヴィラージュ
〒294-0226 千葉県館山市犬石1687
Tel:0470-28-1000 (代)Fax:0470-28-1431
<取扱店>
オーパヴィラージュ・百笑園・かもめグリル
海ほたる・道の駅鄙の里・富楽里・かねふく
里見横町・おんだら市場

 

レタス巻寿司 波奈総本店
レタス巻寿司 波奈総本店

レタス巻寿司 波奈総本店

波奈総本店‎
〒294-0045 千葉県館山市北条2619-6
Tel:0470-22-1385

レタス巻寿司 若鈴
レタス巻寿司 若鈴

レタス巻寿司 若鈴

若鈴
〒294-0042千葉県館山市上野原91-4
Tel:0470-23-9022

レタスポタージュ オーパヴィラージュ
レタスポタージュ オーパヴィラージュ

レタスポタージュ

OPA VILLAGE オーパヴィラージュ
〒294-0226 千葉県館山市犬石1687
Tel:0470-28-1000 (代)Fax:0470-28-1431
※コース料理での一部やイベントでの特別メニューとなりますので、ご了承ください。

レタススイーツ KIYOTA ケーキファクトリー
レタススイーツ KIYOTA ケーキファクトリー

レタススイーツ

KIYOTA Cake Factory
〒294-0045 千葉県館山市北条1901-50
Tel:0470-24-0465
※要予約ですがレタスシュークリームもあります。

レタスドレッシング オーパヴィラージュ
レタスドレッシング オーパヴィラージュ

レタスドレッシング

OPA VILLAGE オーパヴィラージュ
〒294-0226 千葉県館山市犬石1687
Tel:0470-28-1000 (代)Fax:0470-28-1431
<取扱店>
オーパヴィラージュ・百笑園・かもめグリル
海ほたる・道の駅鄙の里・富楽里・かねふく
里見横町・おんだら市場

 


日頃から私たちの生活に欠かすことのできない野菜摂取。こんなに身近なものだからこそ大事にしたいですし、時には盲点になっていることも多いかもしれません。神戸農家の方たちは、エコファーマーとして環境に優しい農業を実践し、また同時に消費者に対してオープンな農業を心がけるというアナログな取り組みの中で、農業に新しい風を吹かせています。情報に溢れている今だからこそ、データには換算できない「美味しさ」や「安心感」を一番に考えていくー。
そんな真心のこもった神戸産のレタスを是非ご賞味ください。

<このページで紹介した神戸産レタスを取り扱った店舗>


より大きな地図で 神戸産レタス取り扱い店 を表示

 

おんだら市場

<なんと房州産に特化したお店が東京にOPEN!>
2011年10月から、南房総の農産物や加工食品を取り扱う「房州おんだら市場」が下北沢にOPENしました。
レタスカレー・レタスドレッシングなどなど、神戸レタス産品も多く取り扱われておりますので、
是非一度足をお運びになってみてください!

 

館山クッキング大使 川上文代の地産地消レシピ

記事にも登場した料理研究家川上文代先生のレタスを使った料理のレシピが紹介されています。
1.レタスらっきょうチャーハン
2.レタスのピーナツ和え
3.レタスと温泉卵のにんにく醤油がけ      神戸レタスを使えば美味しさ倍増です!

なぜ館山は新鮮な魚がこんなに安いの?

 

館山と聞いて何を思い浮かべますか?
花、海、鮨、魚…
全部正解です。
今回は新鮮な魚にスポットを当てて、
安くて新鮮なその訳を、もう少し詳しく紹介します。

(2011/12掲載:K)

どこからどこまで? 地魚の定義について考える

まず、館山の自慢といえば新鮮な地魚です。地魚とは読んで字のごとく「地元で獲れた魚」ということなのですが、では「地元」とはどこまでを指すのでしょう? 単純に考えると「館山の地元」というと「館山市」ということになるのでしょうが、それでは範囲が少々狭すぎます。館山周辺の飲食店では鋸南町、南房総市、鴨川市を含む安房地域全域はもちろん、勝浦市あたりのものまで「地魚」として扱うこともあります。ちょっと範囲が広すぎるのでは? と思わなくもないですが、範囲が広いほうがさまざな魚種を楽しめるので、提供する側も食べる側も何かと都合がいいわけです。流通に無理のない範囲であれば「地魚」と言っても全然問題ないのではないでしょうか。
では地域を館山市に絞ってみると、いったいどれくらいの魚種が水揚げされているのでしょう? 次に館山で獲れる魚を季節ごとにざっと挙げてみました。知らない魚もたくさん登場するかもしれませんが、ちょっと我慢して読んでみてください。

ヒラメ、スズキ、ホウボウ、アジ、メダイ、イサキ、カマス、ワラサ、メジナ、キンメ
スズキ、イサキ、イシダイ、メジナ、アジ、イナダ、ワラサ、ブリ、コショウダイ
スズキ、イサキ、アジ、タカベ、キントキ、ソウダガツオ
アジ、ショゴ、ソウダガツオ、コショウダイ

いかがです? もちろんこれだけではなく、実際にはもっともっとたくさんの種類の魚が獲れています。さらに、サザエやアワビなどの貝類、イカ、タコ、イセエビなどを入れるとそれはもう相当な種類に上ります。

館山の魚種の豊富さは、海底の地形にあり!

このように、館山でこんなにたくさんの魚が獲れるのですが、それはいったいなぜでしょうか? それは館山沖の海底の地形によるものとされています。

相模トラフ

館山沖には海の深層から表層へと流れる「湧昇流」があることがわかっています。海の底深くをゆっくりと流れる深層水は表層の流れとはまるで別の動きをしているのですが、微生物が生育できない環境のため、長い時間をかけて沈殿した栄養分が利用されずにそのまま残っています。ご存知のように、館山の沖合いには「日本海流」、別名「黒潮」という暖流が南西から北東へと流れているのですが、ここに下から湧き上がってきた深層水が混ざりあうことで大量のプランクトンが育ち、それを餌とする魚が生育しやすい環境が生み出されているのです。
また、平砂浦の沖合い、伊豆大島との間には、日本海溝から分岐した「相模トラフ」という深さ1000mを超える溝が横たわっていますが、その溝の一部が平砂浦方面へとせり出してきています。こうした複雑な海底の地形も、魚種が豊富であることの理由のひとつになっているようです。

定置網で一網打尽!館山の漁法

館山の魚種の豊富さについて理解いただけたところで、漁法についても少々解説させていただきましょう。他の地域同様、館山も昔に比べると随分魚が減ったともいわれますが、それでもかなりの水揚げがあります。近年では水揚げの大半が「定置網漁」ということですが、これはどういったものなのでしょう?
「定置網漁」は「地引網漁」と並び沿岸漁業の代表的な漁法です。網の形状によりさまざまな種類がありますが、安房地域では一般的に「大謀網(だいぼあみ)」とよばれています。単に「だいぼ」ともよばれるこの網は、簡単にいうと沿岸から沖合に向かって垣根のような網(垣網またはカケダシ)が伸びており、その先に袋状の網がついています。カケダシにぶつかった回遊魚は網に沿って沖へ沖へと誘導され、やがて先端の網に入るという仕組みです。実際の漁では、この袋を少しずつ絞っていって先端部へと追い込み、文字どおり一網打尽にするのですが、こうしてさまざまな魚種を捕獲することができるわけです。現在、館山には7つの定置網がありますが、館山で獲れる地魚のほとんどはこの定置網で獲れたものといえます。
いっぽう、サザエやイセエビなどは刺網漁や見突き漁、潜り漁で獲られています。刺網漁とは、海の中に長い網を垂らしておいて、そこに引っかかった魚を引き上げるというもの。サザエなどの貝類のほか、さまざまな魚が掛かることもあります。
見突き漁とは船の上から箱メガネを覗き込み、ヘシや鋏で実際に見える魚を突く漁法ですが、なにせ7~8mもある棒で、しかもゆらゆらと揺れる船の上から海底の獲物を狙うのですから、かなりの熟練度が要求されます。これは海藻が少なくなる冬に主に行われていますが、今では館山全体でもこの漁を行っているのは数えるほどになってしまっているようです。
潜り漁とは実際に海に潜ってサザエやアワビを獲る漁ですが、比較的水温の高い時期に行われています。かなり深いところへ潜ることもあるので、危険と隣り合わせの漁ともいえます。

館山の魚が安いて旨いワケ

そんな訳で館山周辺には、新鮮な魚介類があふれているのです。これらの魚たちは、それぞれの漁港でいったん水揚げされ、それから競りにかけられるのですが、館山で一番大きな市場が船形漁港です。
船形漁港では、他の漁港で揚がった魚も交えて午前中に競りが行われています。入札の権利をもっているのはおもに仲買い業者などですが、鮨屋などの料理店が直接競りに参加しているケースもあります。入札された魚たちはそのまま各地へと運ばれ、早ければ午後には板場に並ぶことになります。
また、漁協直営の料理店も多く、そういった場所ではどこよりも安く仕入れることができますし、仲買いを通す場合も、必要量だけを買うことができるので無駄なく仕入れることができるといえます。
いずれにしても、漁師、漁協、仲買い、料理店は、古くから信頼関係を築いており、その信頼関係こそが、各店、適正な価格で提供できる秘訣といってもいいでしょう。

館山炙り海鮮丼はランチの定番になりうるのか?

とまあ、今回は館山をめぐる魚についていろいろと調べてみた訳ですが、どうです? ちょっと食べてみたくなりますよね。館山では「なめろう」「さんが焼き」など、魚を使った郷土料理が有名です。以前「鮨のまち」をテーマに房州鮨の歴史などについて調べてみましたが、今回はこの2月に登場した「館山炙り海鮮丼」について、詳しく紹介したいと思います。
これは、一昨年夏以来の「南総館山発見膳」「八犬伝まんじゅう」に続く第三弾として、「館山市地域ブランド推進協議会」によって作られたものです。今回は市内の4つの店が参加しており、一定のルールに沿った料理を提供するというもの。その内容は概ね次のとおりとなります。

一番上の器
二番目の器
三番目の器

 

1 三段の特製どんぶりで提供
料理は特製三段どんぶりに盛り付け。三段の器とサザエ用五徳はお約束。
2 上から炙り海鮮、刺身、花ちらし寿司
一番上の器は4種の炙り海鮮、二番目は4種の刺身。八犬伝にちなんで「8」という数字にこだわりました。三番目の器は花をイメージした花ちらし寿司。
3 サザエはお約束
炙りの素材にはサザエが必ず入ります。食べやすいように切り身にして提供されます。
4 素材はすべて館山産
この料理のすごいところは、8種の魚介すべてが館山産であるということ。お米ももちろん館山産です。
5 彩を添える季節の花
お重には彩を添えるため季節の切り花も盛られます。目にもおいしい丼です。
6 きわ立つ店の個性
上記ルールの範囲内で内容は各店自由。8種の魚介も季節ごとに変わります。
さっと炙るのがコツ

さて、一番上の器に盛られた「炙り海鮮」ですが、これはお客さん自身がテーブルで炙ります。「お膳提供後5分後を目安に着火する」などの決まりがありますが、食べる順番などは固く考えないでよさそうです。炙る際に注意していただきたいのは、あまり火を通しすぎないこと。素材によっては、先に店側で火を通している場合もありますが、生のものも提供されます。ではここで「炙り」の効果についてご説明いたしましょう。
一般的に刺身は新鮮なほどありがたみが増す傾向にありますが、実際には締めた直後の味は淡白すぎるきらいがあり、「獲れたてはあまりおいしくない!」という人もいるほどです。新鮮な魚特有のコリコリとした歯ごたえは時間とともに失われていく反面、熟成が進むことで旨み成分であるイノシン酸が増加するため、少し時間が経ったほうが舌で感じる旨みは増すのです。日本料理には「湯引き」という技法がありますが、これは魚の臭みを取ると同時に、表面に軽く火を通すことでコリコリ感を残したまま瞬時に旨み成分を引き出すという技なのです。
「炙り」も同じことがいえ、旨みとコリコリの食感を見事に両立させた食べ方といえるでしょう。炙る際には網に置くのではなく、中まで火が通らない程度にさっと炙ってみてください。火の通し加減は難しいところですが、コリコリ感と旨みを両立させた絶妙のタイミングをご自分で探してみるのもなかなか楽しいものです。どうです? ちょっと試してみたくなったでしょう?

もうひとつの例

ここで紹介している「館山炙り海鮮丼」の写真ですが、魚の内容はその日の水揚げによっても変わる場合がありますので参考程度にとどめておいてください。多少内容が変更されるとはいえ、すごいボリュームでしょう? これがなんと1500円なのです! いやいや、これは館山ランチの新定番として、かなり期待できそうです。

ここで食べよう!館山炙り海鮮丼

最後になりましたがこの「館山炙り海鮮丼」を食べられるお店を紹介しておきましょう。2月1日の提供スタート時点では5店舗のみ。うち4店舗はランチのみの提供になります。くどいようですが、内容は店によって、日によっても変わってきますので毎回新鮮な驚きがありそうですね。わざわざ食べに行ってみたい! そんなランチメニューといえるのではないでしょうか。
「いつ行っても食べられる」というのが基本コンセプトではありますが、お客さんが殺到した場合は早めに品切れになってしまう場合もありそうです。来店前に予約を入れておくのが確実ですね。館山にお越しの際にはぜひ一度、召し上がってみてください!


館山炙り海鮮丼オフィシャルページへ

おしゃれ鮨 海の花
館山市北条2903-101館山駅西口マラガモール1階
電話0470-25-5151
平日 11:15 ~ 15:00(LO.14:30)、17:00 ~ 22:00(LO.21:30)
土日祝 11:00 ~ 22:00(LO.21:30)
定休日 毎週木曜日(祝は営業)

波奈総本店
館山市北条2619-6
電話0470-22-1385
11:00 ~23:00(L.O.22:00)
※「館山炙り海鮮丼」はランチタイム(11:00~14:00)のみ
定休日 第3月休(祝は営業)

休暇村館山
館山市見物725
電話0470-29-0211
11:30~13:30
定休日 なし(年2回臨時休有り)

いこいの村たてやま
館山市藤原1495-1
電話0470-28-2211
11:30~14:00
定休日 なし(臨時休有り)

 

なぜ洲埼灯台はマーガレット岬と呼ばれているの?

洲崎灯台からの眺望

 館山市の西端、房総半島の最西南端に位置する岬を洲崎(すのさき)といいます。千葉県マスコットキャラクターチーバくんのちょうどつま先にあたる部分です。ここは、古くから東京湾の入口として海運上や防衛上重要な役割を果たし、江戸時代の末期にお台場が作られた後、大正8年(1919)に灯台が建てられました。
ところでこの洲埼灯台、「マーガレット岬」という別称があるのをご存知ですか?館山のご当地ソングの題名として知っている方も多いかと思いますが、実は知る人ぞ知る有名な名前なんですね~。 しかし、さて訪れてみると「あれ?」マーガレットが見当たりません。なぜでしょうか?今回はこの謎を切り口に、マーガレット岬を掘り起こしてみたところ、思いもよらない展開を迎えることとなりました、是非最後までご一読ください!

(2012/2公開:H)

洲埼灯台ってどんなところ?

房州鏡浦略図 明治22年(1889年) 富士山を海の上に一望できる館山湾は、年間を通して波静かなことから別名「鏡ヶ浦」と呼ばれています。これは、館山湾が波荒い太平洋から守られるように岬に抱かれる入江となっているからで、この防波堤の役目を果たしているのが館山市南西に位置する洲崎なんです。館山から東京湾に突き出した岬の先端となりますので、北、西、南と三方を海に囲まれ、富士見スポットとしても抜群の人気を誇ります。
この洲崎に白亜の輝きを放っているのが、「洲埼灯台」。海のまち館山のシンボルであり、また鏡ヶ浦の眺望における西端の目印として人々に愛されています。海図上では土偏の「埼」が採用されていますので、灯台のことを指すときは「洲埼」で、地図上での地名は「洲崎」となっていることなどもちょっとしたポイントです。

幕末の東京湾整備 さて、ここは東京湾の入口となりますので必然的に軍事上の要所となりました。まず始めに注目されたのは、江戸時代末期ロシアの使節ラックスマンが根室に来航して通商を要求した後、老中の松平定信によって安房の巡察が進められた時に遡ります。幕府は海防の必要性を痛感し、1808年洲崎を含む東京湾6箇所にお台場を築くこととなりました。その後ペリーの来航によっていよいよ外交の危機に直面した幕府は、洲崎での沿岸警備により一層力をいれ、砲台も7門置かれることとなったんです。
その後船舶技術の発達や日清・日露戦争の勃発によって海上交通が盛んになると、洲崎と布良崎(めらさき)を間違えることによる船の座礁が相次ぐようになりました。そもそも洲崎からみて太平洋側の沿岸である平砂浦(へいさうら)は、「鬼が浦」と呼ばれるほどに、天候があれた時危険な海として有名な場所であり、そんな時東京湾に逃げ込もうとする船が小さな岬である布良崎を洲崎と見間違え、海岸に突入してしまう事故が多発したのです。

布良鼻灯台 写真提供=日本の灯台  このようなことを踏まえ、前々からお台場が作られていた場所でもありましたし、洲崎に夜でも見分けられる明かりを灯すべきだということで、洲埼灯台の建設が着工しました。灯台ができると上にみられた事故は一切なくなったということです(館山市史p.495)。戦時中は軍事戦略上、灯台本来の役割はあまり果たせなかったと言われていますが、戦後日本が高度経済成長期に入るに当たって、海運の発達に伴い各地に灯台が急激に整備されます。全国的には3000基もの灯台が張り巡らされる中、館山にも洲埼灯台の他、布良鼻灯台や沖ノ島灯台などが次々と建設され、美しい海の街ならではの景観ができあがっていったのです。

沖の島灯台 写真提供=日本の灯台 しかしその後、全地球測位システム(GPS)やレーダーなどの機能が充実し普及することによって灯台の役割がそれらに取って代わられるようになってから状況が一変。灯台そのものの設備も自動化・縮小されることにより職員滞在型の灯台は年々減少、2006年には全灯台が完全に自動化になります。そんな中、館山の灯台も例外ではなく、管理上の様々な問題から苦渋の決断に踏み切ることとなりました。そう、布良鼻灯台と沖ノ島灯台が撤去されることになったのです。

長らく親しんできた灯台の撤去について、地元の人から県外の灯台ファンの人までがどうにか存続できないものかと様々な提案を行ったようですが、多くの事情を鑑みた上でお別れの運びとなりました。今では、洲埼灯台が残った経緯は知る由もありません。しかし、洲埼灯台に対する地元の方の思い入れが一層強かったことだけは確かなようです。
それでは、話をわかりやすくするために、マーガレット岬と呼ばれるの由縁について先にお答えしましょう。

答 なぜ洲埼灯台はマーガレット岬と呼ばれているの?

この別称の起源は、昭和34年(1959)に遡ります。この年、天皇陛下の叔母にあたる秩父宮妃殿下が花畑などを見学に館山をご行幸されたのです。そこで、洲崎を回られた際、マーガレットに咲き囲まれた灯台の景観が美しいあまり、妃殿下が

「この地をマーガレット岬と呼んだらいかがかしら」

と仰せになったとのこと。
なんと、この名前は皇族の方がお付けになった由緒ある名前だったのです!驚きですよね。

おそるべし、マーガレット岬…

それでは、当時どのぐらいマーガレットが咲いていたのでしょうか?

マーガレット岬はどんなところだったの?

カナリー諸島 日本にマーガレットが輸入されたのは明治時代に遡ります。原産が冬温暖で夏涼しいアフリカのカナリー諸島ということで、気候に適した欧州の地中海岸沿で品種改良が進められ、日本にやってきました。当初はもっぱら温室用の花として鉢植えで栽培されていましたが、そもそも浜辺に自生する潮風に強い多年草ということで、適した露地栽培の場所を探していたそうです。そこで様々な遍歴の末たどり着いたのが、静岡県や香川県、そしてここ千葉南端の房州でした。『房総の花』をみてみましょう。

「房州においてマーガレットが作付けされはじめたのは昭和の初期である。富浦町で作られていたが、霜に弱いため、ビワなどの立木の下で栽培していた。当時の品種は白色の在来種で、現在房州マーガレット、通称『房マク』といわれているものである。その後、より自然条件に恵まれ、露地栽培の可能な洲崎周辺の部落に導入されて、生産は増加した。」
(『房総の花』土筆書房1979年)

マーガレット マーガレットは房州花農家さんの中で「白マク」と呼ばれています。房州の白マクなので、「房マク」。伊豆半島南部もマーガレット栽培が盛んですが、こちらは「伊豆マク」と呼ばれます。房州の和泉沢さんが「房マク」を伊豆半島に持ち込んで作られたものから始まったようなので、こんなところからも房州でのマーガレット栽培が一大拠点となっていたことが伺えます。
洲崎から西川名の地元花農家さんによれば、当時灯台周辺のほぼすべての農家が多かれ少なかれマーガレットを栽培していたとのことで、一面に広がった真っ白なマーガレット畑が幼い頃の美しい記憶として今でも思い出される、とのことでした。実際に当時の作付け面積を見ますと(『房州の花』西岬花卉組合箇所参照)昭和6年(1931)頃にマーガレットが導入されて、11年にはすでに栽培面積第一位となり、年々増加しています。

しかし、昭和40年代をピークに減少の一途を辿ることに。

地元花農家さん この理由としては様々なものがあげられますが、大きくは時おり降りる霜が花の価値を下げてしまうことが原因だと地元の方は言います。南房総の特に海岸線一帯は、無霜地帯といって、霜が降りない地域として知られています。ただし、もちろん気候は年によって多少変動しますし、たまに霜が降りてしまう年もあるのです。マーガレットは花の中でも霜に弱い植物。かといってハウスで温室栽培を行うほど単価の高い花ではありません。霜による被害は露地栽培を行なっている花農家さんとしては大打撃で、より安定性のある品種を選ぶのは当然のことだと言えるでしょう。

ところで、ここで「霜(しも)」という単語がでてきましたが、霜が花にとってどのような影響を及ぼしているのかみなさんご存知でしょうか?霜は気温の基準なのでしょうか?南房総の花についての記述をみるとこの「無霜地帯」という表現が多くみられます。そこで今回思い切って植物園南房パラダイス勤務の専門家の方に聞いてみました。

植物園 南房パラダイス勤務 小川恭弘さん

南房総は他の地域に比べて冬の花栽培が盛んだと言われていますが、これはどうしてなんでしょうか?

小川恭弘さん:
「花栽培、特に露地で花を育てる場合、一番の大敵は霜なんです。霜というのは、雪や雨などと違って土の中に鋭い氷を作ってしまうんです。これを霜柱といいますが、これが植物の根っこを傷つけてしまい、根の弱い植物などはこれにすぐやられてしまいます。」

それではやはり、気温が暖かいために霜がおりないのでしょうか?

霜(しも)「実は、気温の差は都内と比較してもあまり大差はないのです。南房総の冬に霜の無い絶好の環境をつくっているのは『風』なんですね。あまりに強い風は植物の体温を奪ってしまいますが、適度の風は空気を循環させますので朝露を固まらせません。静岡のお茶畑などをみるとこの環境を人工的に作るため扇風機を設置している場所もあります。」

「また、南房総の冬に花が多いことに限って言えば、これは日照量が大きく関係しています。住んでみればわかることですが、冬場は晴れの日が非常に多く花にとってはとても良い環境なのですね。」

ストックの咲き乱れる現在の洲埼灯台 そう言われてみると筆者も移住して間もない新参者ですが、冬に雨が降っている日をほとんど覚えておりません。また、冬場が富士山の観賞シーズンとして有名なのもこういった天気が関係しているのかもしれませんね。
話を戻しますと、南房総が花栽培で有名なのは、一概に気温が高いことからではなく、適度な風と日照量が関係していることがよくわかりました。そこで筆者は小川さんに思い切って聞いてみることに。
昔、洲崎付近では、マーガレット岬と呼ばれるほどにマーガレット栽培が有名だったそうですが、最近は霜が原因であまり栽培されなくなったそうです。マーガレットは栽培に適していないということなのでしょうか?

「マーガレットという花は、昔から寒さにはあまり強くない花として有名だったんです。しかし、実は昨今マーガレットの育種に革命がおこっておりまして、年間を通して長期間開花する品種や、小さくドーム上に育ち、環境負荷に耐えることができる品種など、様々な進化を遂げているところです。洲崎周辺であれば、そもそもマーガレットに適した条件が揃っていますので、新しい品種でマーガレット岬を復活させることはできるんじゃないですかね?」

マーガレット岬想像図

この瞬間「マーガレット岬復活」という言葉の響きに、筆者は思わず歓喜の声をあげそうになりました。マーガレットに咲き乱れた灯台風景を地元の花農家さんの言葉から想像していただけの筆者としては、是非ともこの景色を一度自分の目で見てみたい、という思いに駆られたのです。これは個人的な思いに留まらないはず。。

そこで記事の方向性を修正し、
「古き良き時代のマーガレット岬昔話」

「マーガレット岬復活はなるのか?」

というテーマで改めて聞き取りを初めて見ることにしました。小川さん、ありがとうございます!

マーガレット岬復活への道のり

まず、館山のご当地ソング「マーガレット岬」を作られた元劇団四季のダンスキャプテンで歌手・遠藤園さんならば何か貴重な情報を知っているのではないか、ということで園さんにお尋ねすることにしました。

遠藤園さんマーガレット岬というテーマで曲を作られたそうですが、どういった経緯でこのタイトルの曲を作られたのですか?

遠藤園さん:
「そうですね、2008年の秋に館山に越してくるときに、館山に住む喜びの中でfeel easy in tateyamaという曲を作ったんです。何回かそれらの曲を混ぜつつコンサートを行なったのですが、ライブを見に来てくれた方の中に街づくりに力を入れている南房総IT推進協議会や市役所の方々がいらっしゃって、そこでライブ後にマーガレット岬をテーマにして一曲作りましょうという話になったんです。それでその後ゆっくりイメージを掴みつつ、2009年の秋に正式なオファーがきたので、レコーディングなどを行なって、2010年の春に完成しました。」

館山ご当地ソング マーガレット岬 CDジャケットマーガレット岬についてどういったことをイメージして作られたのですか?

「はい、越して間もない頃だったので、マーガレット岬についてもよくは知りませんでしたが、協議会の方から色んな資料をもらったり、マーガレットの花言葉を探ってみたりしました。
マーガレットって、『真実の愛』や『恋占い』が花言葉なのってご存知でした?フランスでは『愛している』『少し愛している』『とっても愛している』『全然愛していない』の4つの言葉で花をちぎって、本格的に占うなら、正午に太陽に向かってはじめるのだそうです。
他にも、真珠や黄金など、本当にとっても素敵な花言葉をもった花なんです。そんなお話をもとに、『洲埼灯台で恋人たちが再び出会う』ことをイメージして作りました。」

マーガレット岬 歌詞カード

マーガレットに囲まれた洲埼灯台を見てみたいと思いませんか?

洲崎ホテル【風の抄】ラウンジからの灯台風景「もちろんです!あんなに素敵な場所にカップルでマーガレットを見に行けるようになったら素晴らしいですよね。そういう思いで、今もマーガレット岬を歌っているんですよ。今月は26日にラウンジから灯台を望むことができる洲崎のホテル風の抄さんでマーガレット岬のライブも行えることになりました。夜の灯台のライトアップの中で歌わせてもらえるので今から楽しみなんです。」

そう、これは偶然なのか、2月26日に遠藤園さんが組んでいるユニット「ING」のライブが洲埼灯台の傍で催されるのです。遠藤園さんは、夫敏彦さんと共に劇団四季など数多くの大舞台で活躍された筋金入りのアーティストさん。現在安房でキッズミュージカルなどを主催されています。

さて、園さんのお言葉から、どうやらNPO法人南房総IT推進協議会という団体が、マーガレット岬復活の足場を作り出していることがわかってきました。この南房総IT推進協議会(以下MBIT)、普段は一体どういった活動をなされている方たちなんでしょうか。

南房総IT推進協議会 HP
(画像をクリックするとMBITのホームページをみることができます。)

南房総IT推進協議会 MBITは、南房総の情報通信技術の普及や教育活動を行ってきた団体で、実は光ファイバーの南房総への導入もこの団体が率先して行ってきたそうです。
都内に比べて地方はインターネットの普及が遅れることは避けられませんが、南房総ではMBITさん達が先導してこうした状況を改善してきた結果、今では不自由なくネットが使えるようになりました。また、地域内で人と人とを繋ぐソーシャルネットワークサービス(SNS)である「房州わんだぁらんど」や今や防災で話題の地域ラジオ「みなラジ」などなど、ITを通じて街づくりにも積極的に力を入れている団体であることが知られています。

名前からすると、テクノロジーを駆使した活動に特化している団体と思われるかもしれませんが、こうした方々がご当地ソング作りに関っていたということは非常に興味深いことです。

さて、それではMBITの方々はマーガレット岬復活に向けてどういった思いと方向性があったのでしょうか?

下の図を見て下さい。

平成20年度交通量調査

平成20年度の調査をもとに、館山自動車道の終点富浦ICを降りた車がどこへ向かっているのかをまとめたMBITの資料です。もちろん今は23年度ですので多少の変化はあると思われますが、この調査によると75%もの車が洲崎を含む「房総フラワーライン」を通らずに南房総を回っていることがわかります。
フラワーラインは、富士や伊豆大島を一望できる絶景のドライブコースであり、館山に来たら是非一度は堪能して頂きたい癒しの空間に溢れています。しかし、それにしては当時の観光地としてはあまり認知が進んでおらず、館山の良さがまだまだ伝わっていないのではないか?そんな気持ちにさせられるデータだともいえます。
それもそのはず、富浦ICを降りてから何も知らずに真っすぐ館山に向かうとそのまま国道410号線を通って館山を抜けてしまうのです。余程意識して右折しない限り、房総フラワーラインを走ることはできない道の壁―

ふるさとディレクター育成講習会(布良) そこでこのような状況に対して、MBITメンバーが案を重ねて生み出したものが、昔から伝わる「マーガレット岬」をたくさんの方に周知してもらうことで、洲埼灯台を中継して房総フラワーラインを体感してもらおう!という企画だったのです。古きを温めて現代に蘇らせることで館山の素晴らしさをより一層知ってもらいたい、すばらしいアイディアですよね。

マーガレット岬復活はなるのか?

もちろんNPOによる有志の活動ですので、2.3年前から始まったといってもまだまだスタートしたばかりの計画といえるでしょう。今後はより多くの方々がに参加していただき、洲埼灯台の周りをマーガレットでいっぱいにしていきたいという願いばかりが先に立ちます。でも実際、灯台という国の施設に一般の有志が入って花を植えても良いのでしょうか?今回は最後にこの点を踏まえて、洲埼灯台の管理を長年行ってきた洲崎区長である鈴木恒夫さんのお話をご紹介して終わろうと思います。

洲崎区長 鈴木恒夫さん:
「洲埼灯台は海上保安庁の管轄にありますので、本来はあまり一般の方が介入できないようになっているのですが、洲埼灯台に限っては風光明媚な景勝もさながら、マーガレット岬という伝統を培ってきた場所ですので、花などを植えるなど灯台を美化する運動は自由にやってよいようにお許しを頂いているのです。洲崎区でも婦人会の方々と一緒に15、6人で草刈りをしたり、ゴミ拾いを定期的に行っているんですよ。
洲埼灯台に植えられた菜の花 マーガレット マーガレット岬復活という提案は大歓迎です。実は、私たちも昔小さい時にマーガレットでいっぱいになった灯台周りの景色を思い出し、最近少しずつですけれど花を植えています。また先日は市の方が灯台に土を幾度も往復してもってきてくれて、灯台の傍にマーガレットを何株か植えることができたんです。今年の4月頃には可愛く咲いてくれるかもしれません。
そして、もしみんなでマーガレットを植えようなどということになれば、是非私たちも参加させてください。みんなでこの場所をもっともっと良くしていきましょう。」


マーガレット岬にまつわる昔話、そして現代への復活途上劇、いかがでしたでしょうか?
これほどまでに多くの人の思いが、そこら中で広がりつつある建設現場を今までに見たことがありません。この点けたばかりの灯が、航路の目印となる灯台のように、船を迷わず目的地へ導くことができるよう祈るばかりです。またこの船の乗組員は随時募集中です。もしこの記事を読んで、マーガレット岬復活へ手を貸してくれるお気持ちのある方、是非ともたてやまGENKIナビへお問い合わせください!
そして現在、洲崎周辺の花農家さんの間で、マーガレットを再び栽培するという話もちらほら上がってきています。専門家が示唆されるように、マーガレットそのものにも改良が進んでいる現代、もしかしたら本当に、秩父宮妃殿下がご覧になったあの景色に再びまみえることができる日がくるかもしれません。何がおこるかわからない今後の洲崎、目が離せませんね!

なぜ館山には地元野菜を使うお店が多いの?

 地産地消というスローガンがあります。その名の通り、各地域で生産、水揚げされた農水産物を地域内で消費する営みを指していますが、実はここ館山では、独自の地産地消推進企画が立ち上がっていること、ご存知ですか?
合言葉は、「じのもんが一番ダッペエ」!人気の館山市マスコットキャラクターの目印が市内至る所に見られるようになりました。地産地消ガイドブックも完成!地元産品を扱っている71店舗が紹介されています。今回は、この大々的な動きに焦点を当てて、館山が一層オリジナリティ溢れる街へと向かう様子を追ってみたいと思います!

じのもんが一番ダッペエ

(2012/02掲載:H)

地産地消とは?

「地産地消」は、もともと農村部の食事における栄養素のバランスを改善するために80年代に産まれた言葉のようですが、その後バブルの崩壊による安価な輸入産品の流入・食の安全性・地球温暖化・高齢化などなど、深刻な問題が叫ばれるようになって再び、その意義が尊ばれるようになったスローガンです。地産地消を推進することで期待される効果はさまざまで、地域ごとに取り組み方が異なりますので画一化できませんが、大きくまとめると以下のようなことが想定されています。

①安全で新鮮な農水産物の消費
②流通コストの削減=CO²排出量の削減
③特色ある農水産品による観光業の活性化
④高齢農家さんを応援できること
⑤農と生活の親近感を高めること

地産地消と従来の流通経路との比較
地産地消と従来の流通経路との比較

これまで高度経済成長期に形成された流通網によって大市場が作られ、安定した食糧供給が可能になった日本ですが、その反面、生産者と消費者の物理的・心理的距離が急速に離れたことが指摘されるようになりました。そうした中、安全性に深刻な問題を抱える輸入品の流入なども相まって、何らかの対策が必要となったわけです。今ではスーパーに並ぶ商品にも産地などの表示がなされ、消費者が選択できるようになっています。
しかし、より気遣いなく安心して毎日の食事を摂取したいもの。そこで注目されたのが「地産地消」なんですね。流通のコストが減るため、エコを実践しながら通常よりも安く購入することができ、輸送時間を経ないためにとっても新鮮で栄養価の高い食事を摂取することができます。しかも上に列記したように、このことが地域内の顔の見えるコミュニケーションを活性化させて、平均年齢65歳を超える農家さんを応援することにも繋がり、なおかつ地域の特産をアピールすることもできます。これは一石二鳥ならぬ、一石万鳥(言い過ぎか…)の意義深い取り組みであることがどんどんわかってきたのです!地産地消、奥が深いですね。

館山市の地産地消

こうした中、館山市もこの取り組みに向けて着々と準備を進めてきました。それではこのことに詳しい館山市農水産課の荒井毅課長にお話しを聞いてみましょう。

館山市農水産課 課長 荒井毅さん(2012年の取材時)のお話

館山市農水産課長 荒井毅さん
「館山市では、平成22年度から地産地消についての本格的な取り組みが始まり、地元でとれた農水産物を地元で消費して、一次産業に関わる地元の農家さんを盛り上げていこうと企画を進めてまいりました。また食育という観点もあります。館山で育った子ども達が、将来他の地域へ行った時に地元の野菜や魚を自慢できるように、しっかり地元の味を知るということも大事なことです。こうしたことが郷土を愛する心につながって欲しいという思いがあります。」

館山市 地産地消推進店ガイドブック
「しかし、御存知のようにその後日本は大震災を被ることになります。南房総全体でも観光も含め風評被害で多大な損害を受け、これはすぐにでも何か対策を講じなければならない!ということで、地産地消への動きを一層加速させて課を挙げてこれに取り組んできました。
そして完成したのが、『館山 地産地消推進店ガイドブック』です。地場産の農水産品を積極的に使用している直売所・小売店・加工食品店・飲食店・宿泊施設などを全部で71店舗掲載しています。これを基に、館山自慢の農水産物をより多くの方に知って頂いて、館山の農家さんを守っていくとともに独自性を高めていけたらと思っています。」


…このガイドブックですが、以前から耳にはしていたものの、いざ手に取ってみてビックリ!地場産の使用情報に留まらず、お薦めポイントやお店の紹介も兼ねていますので一冊で館山の海・山の幸がよくわかります。市内の各店舗で無料配布されていますので、是非ご一読あれ!(館山市農水課のホームページにてダウンロードもできます。)

さて、以上お読み頂いた方には、「地産地消」というスローガンを掲げた館山市が、一体となって農水産品の独自性を内外に広く知らしめつつあることがお分かり頂けたと思います。話題の御当地メニュー「館山炙り海鮮丼」も含め、館山の今、何かすごいことになってきていますよ!百聞は一見に如かず、一度お越しになって愉しんでみてください。
本来ならば、地産地消推進店すべてを取材させて頂きたいところですが、いかんせん71店舗を1度に回りきることはできません。
そこで今回は、館山に移住されて飲食店を構えられている2人の料理人の方に、地場産の食材を使われている理由をお尋ねしてみようということになりました。


boulangerie surje

オーナー加瀬陽一さん
オーナー加瀬陽一さん

プロフィールをお聞きしてもよろしいでしょうか?

「神奈川県出身です。高校を卒業してすぐに下北沢のパン屋『アンゼリカ』や西荻窪の『ムッシュソレイユ』で修行を積んで、何軒かお店の立ち上げに関わってきました。この時期全体で10年間ぐらいですね。27歳で館山にお店を出して、3月31日で7周年となります。」

なぜ館山をお選びになったのですか?

「もともと、父が老後ゆっくり暮らそうということで館山駅近くに土地を持っていて、かといって引っ越すわけでもなくそのままになっていたのです。住んでみると温かくてとっても住みやすい場所なので、館山でお店を出そうということに決めました。」

店内に並ぶ焼きたてパンたち
店内に並ぶ焼きたてパンたち

館山の食材を使ってみてどうでしょうか?

「やっぱり朝採りの食材を使うことができるのは大きいと思います。
今だとイチゴが旬ですが、館山には季節ごとに旬な食材がたくさんありますので、それに合わせて商品構成をしていくのも一つの楽しみです。先月まではカリフラワーを使ってみたり、これからはそら豆を使ってメニューを作ってみようかなぁなどと考えています。」

館山産の野菜やスイーツを使ったこだわりパン
館山産の野菜やスイーツを使ったこだわりパン

「また年間を通して地元神余の卵を使って生地を作っていますが、こちらも放し飼いの元気な鶏から生まれた大変ヘルシーな卵でとっても美味しいんですよ。」

いちごタルト
いちごタルト

オススメの一品を教えて頂けますか?

「この時期はやっぱりイチゴですね。イチゴのタルトとデニッシュなどなどご用意してますので、濃厚なイチゴの甘味とのコラボレーションを是非ご堪能ください。」


restaurant oosawa

オーナーシェフ 大澤善次郎さん
オーナーシェフ      大澤善次郎さん

プロフィールをお聞きしてもよろしいでしょうか?

「料理を始めるきっかけになったのは、幼少の頃に父母が仕事でいなかったので学校から帰ってきた兄弟の夕飯を作っていたことでした。そうこうしているうちに母の作る料理がどのように作っているのかを一度で当てるこができるようになって…母に『あんたみたいな子は料理人にでもなってしまいなさい』などと言われ、本当になってしまったわけです(笑)。」

レストラン大澤 外観
レストラン大澤 外観

「20代に、代官山の小川軒ほかいくつかのフレンチレストランで修業を積んだ後、銀座のフランス料理店の料理長をしておりました。93年に東京で自分のお店をオープンし、その後2009年に館山に移住して『レストラン大澤』をオープンして今に至ります。」

ある日のグルメコース
ある日のグルメコース

なぜ館山をお選びになったのですか?

「都会での空気で喉を痛めたので、いずれ空気の良い自然環境の中でと思っていたんです。また都心に親戚がみんないるものですから、東京から近いというのも大きかったですね。湘南なども素敵な場所で悩みましたが、こちらの方が落ち着いてゆったりしていると感じ移住してきました。」

レストラン大澤 店内
レストラン大澤 店内

館山の食材を使ってみてどうでしょうか?

「食材はやっぱり好いですね。野菜などは特に、3つか4つお店を回って仕入れにいきますが、どれもしっかりした味をしていて新鮮です。ただ、野菜も魚も、地元で買えば地場産と思うのは間違いで、地元の良品を置いている信頼できる場所を探すことは必要かと思います。そうして辿り着くと、東京にいた時に仕入れたレベルの美味な食材がお値段安く仕入れられます。また、ハーブなどはすべて自家製で、昨年植えた桃も小さいながら美味しく育っています。」

牛タンの赤ワインソース煮と牛フィレ肉のステーキ旨味と風味の燻煙香り焼き
牛タンの赤ワインソース煮と     牛フィレ肉のステーキ旨味と風味の燻煙香り焼き

オススメの一品を教えて頂けますか?

「レストラン大澤では、野菜はほぼすべて地場産の野菜を使っており、地産地消でオススメのメニューというとなかなか選びがたいですが、4時間以上煮込み、やわらかくコクと旨味のある『牛タンの赤ワインソース煮』は人気が高いです。また『牛フィレ肉のステーキ旨味と風味の燻煙香り焼き』もリーズナブルなランチスタンダードコースに入っておりますので、是非ご賞味ください。」

店舗情報

ブーランジェリースルジェ
ブーランジェリースルジェ

ブーランジェリー・スルジェ店舗情報

TEL:0470-23-1077
住所:千葉県館山市北条2416-22
営業時間 8:00~19:00
定休日 日曜
アクセス JR内房線館山駅西口より徒歩1分
館山自動車道富浦ICより車で約10分
http://tateyamatt.jp/surje/


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レストラン大澤
レストラン大澤

レストラン大澤店舗情報

TEL:0470-28-1035
住所:千葉県館山市神余4359-56
別荘地東虹苑内(東虹苑入口を入り約800m / 南総文化ホールから車で約9分です)
営業時間
ランチ  11:30 ~13:30(LO)
ディナー 17:30 ~20:30(LO) 要予約
定休日 水曜日・第2火曜日
http://www.oosawaz.com/


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なぜ館山には新規就農者が多いの?

南房総ベジタブルによる若手農家巡りツアー

 今後の行き先に注目が集まる日本の農業ですが、この時代に農業で生計を立てようと志す人、いるのでしょうか?
それがここ館山では、従来にはあまり見られなかった新しい構想をもとに、就農される若い方々が増えているんです。就農というと、どこか物々しい感じがしますが、今回たてやまGENKIナビでは、そんなオルタナティブな若手就農者3人にスポットを当ててみることで、館山で農業をすることの多様な姿に迫ってみたいと思います。

(2012/03掲載:H)

農業を愛するスペシャリスト 岡本高憲さん

まずは館山の陸側、九重という土地でユニークな農業をされていることで有名なおかもファームさんをご紹介します。TVや雑誌、見学者などのあとの絶たない新規就農6年目のこの岡本さん。一体どんな農業を営まれているのでしょうか。

おかもファーム 岡本高憲さん
おかもファーム 岡本高憲さん

就農するまでの道のりを簡単に教えていただけますか?

「はい、もとは10年間農水省で働いていたんです。転勤を重ねましたが、最後に働いた庁舎で日本の農業事情を知ったことと、その頃実際に農家さんの田んぼを手伝わせて頂いてたことがきっかけで、農家に転身することを決心しました。
まずは色々と見てみようと思いまして、一年間『土佐自然塾』というところで有機農業の研修指導を受けました。その後どこで農業を営もうか思案していたんですが、故郷館山であれよあれよと話が進み、いつの間にか理想的な場所で農業ができる環境になっていたんです。
もちろん出身地館山で何か貢献できないかという気持ちはありましたが、もともと農業関係者の知り合いもいないなか、地主さんが人を繋いでくれて。改めて田舎の地縁の優しさ、有り難さを感じましたね。」

農業事情のお話が出ましたが、何かコンセプトをお持ちになっているんですか?

ほっこり野菜のできる場所
ほっこり野菜のできる場所

「僕は農業で『ほっこり』という感覚を伝えたいなって思っているんです。
世間では農業に対して難しい話がされていますし、僕自身も勉強はしているんですけど、なんでしょう、つまるところ農業には可能性があるんだってポジティブに受け止めています。問題も複雑に入り組んでいるし、理解するだけで一苦労です。
だから、僕なりにシンプルに『ほっこり』できる野菜を作りたいなって思いついたんですよ。」

それでは、ほっこり野菜の定義をみてみましょう。

ほっこり野菜とは

「例えばある日の食卓で『今日の野菜は、なんだかいつもより~だね』とか『形が~だね~』とか話しながら笑ってしまったりする時、これはほっこりだなぁなんて思うんです。
『ほっこりする瞬間を増やしたい』という思いを強く持って農業に取り組んでします。」

ほっこり野菜… このネーミングがそもそも「ほっこり」しちゃうような気がします。

それではいよいよおかもファームさんの農法に迫る!

岡本さんの農法は、ずいぶん型破りなことをされているようですが一体どんな農法なのですか?

菜の花満開のファームにて
菜の花満開のファームにて

「そう言われるのは、多分僕の畑の肥料についてだと思います。
有機農法といっても現代ではいろんな農法があるのですが、僕の場合牛糞や落ち葉などを使った堆肥も使わない、完全に土だけの農業をやっているんです。
そんなことで出荷できるようなしっかりした野菜が育つのか、なんて思う方がいるようですが、実際にいろんな努力と工夫も積み重ねてきました。」

おかもファーム
おかもファーム

「農業とは土作りだ、とよく言われますが、僕の場合は何か外から土に入れるのではなく、植物自身に作ってもらっているんです。
例えば、マメ科やイネ科の植物は土壌を肥沃にしてくれます。雑草は取るのが常ですが、僕の場合わざとマメ科のクローバーなどを撒いたりするんですよ。これを緑肥といったりします。」

畑をデザインする。

相性を考えて配置された作物たち
相性を考えて配置された作物たち

「こうして植物のもつ性質を注意深く観察していると、どの野菜をどこに植えれば良いのかが少しずつ分かってきました。野菜にはナス科、アブラナ科、マメ科、ユリ科…他にもたくさん種類があるのですが、隣に植えた方がよいもの、少し離してあげた方がよいものなど、それぞれに相性があるんですよ。
また一年一年で植える野菜の場所をその年の生育をみながら総入れ替えします。そうすることで、様々な野菜の役割によって土自身が強くなっていくように思うんです。僕の畑は毎年およそ50品目ほどの野菜を植えますが、こうして多品目を育てるのも一つには『土作り』が大きなポイントになっています。人間もそうですが、やっぱりいろんな人がいた方が生き生きしますものね。
来年どのように畑を構成していこうか、デザインするような感覚で毎日わくわくしながら取り組んでいます。」

新規就農者に一言頂けますか?

とれたてのニンジンと
とれたてのニンジンと

「そうですねぇ、僕のような農法はすぐに成果がでるものではないし、本当に20年~30年先のことをイメージしながら地道に土を良くしていくことがテーマとなりますので、なかなかオススメしにくい(笑)こともありますが、まずは農業には色々な可能性があるということです。
自然は正直なので、一見難しそうに見える大胆な計画でも、長期的なビジョンをもって努力すれば、自ずと応えてくれるようになると思います。」
「そして、何より今の時代、田舎暮らしやスローライフに憧れる人がたくさんいながら、なかなか仕事がないことがよく嘆かれていますよね? 農業は、土地は余っていますし、政府も青年就農給付金といったような補助金を用意するようになってきてますので、そういう意味でも仕事として農業を始めやすい環境になってきたと思うんですよ。しかし、その反面、それなりにやる気と決意をもって取り組まないと『続かない』みたいなことも実は、あるんですが。」

南房総ベジタブルによる若手農家巡りツアー
南房総ベジタブルによる若手農家巡りツアー

「一つには、実際農業ってどんなものか、実態がわかっていないこともあると思うので、体験プログラムのようなものを利用してイメージを掴むといいでしょう。僕も昨年12月に2回南房総ベジタブルというチームで『若手農家巡りツアー』を企画したのですが、予約の段階で定員オーバーでお断りしたほどの人気があってビックリしました。農に対する関心が集まってきているのは確かなんだって肌で感じた限りです。今後もそういった機会を設けていこうと思っていますので、是非参加してみてくださいね。」

常識破りの農業を実践される岡本さん。その原動力は、「ほっこり」という感情を増やしていこうという思いと、農業への愛だそうです。そんな岡本さんのほっこり野菜は、実はお店ではあまりお目にかかることができません。おかも流農業が手厚く小規模に温められ、Face to Faceを第一に考えられているからです。ほっこり野菜を食べてみたい方は是非以下の連絡先まで問い合わせてみてください。

おかもファーム

HP: http://okamo-farm.com
Mail: info(@)okamo-farm.com

人間の原点に戻る! 篠塚サムソン氏

篠塚サムソン氏
篠塚サムソン氏

新規就農をテーマに調査していたところ、館山市在住で2012年3月に農家登録を完了された新規就農者・篠塚享利(通称サムソン)さんに出会いました。
色黒で長身、引き締まった身体で「サムソンです」と言われたので、完全に日本語の上手な外国の方かと勘違いしてしまったほど。お話を聞いてみるとこの方、様々な遍歴の末、ここ館山に移住し農業を営むことになったという経緯が明らかになりました。
まずはサムソンさんの経歴を聞いてみましょう。
20代の頃は何をされていたんですか?

エジプト「白砂漠」を歩くサムソン氏
エジプト「白砂漠」を歩くサムソン氏

「専門学校を卒業したあとすぐにホテルのベルボーイになり、その後イタリアンレストランでマネージャーをして、それから京都で和食屋の店長をやって、さらに石垣島で島料理屋のチーフをして食に関連した仕事を続けていました。
旅が好きで、それぞれの職の合間に海外へ一人旅に行ってたんですよ。」
農業をやろうと思ったきっかけはなんだったんですか?
サムソン氏の周遊記
「実はアジアのある国で列車に乗っていた時に、車窓からバーンと農地が広がって農作業している人たちを見たんです。それが、今目の前に思い出せるほど、すごい衝撃で、何か『生きてる~』て感じが直接伝わってきたんですよね。
それで、自分は人の生き方の原点に戻ろうって心に決めて、地元大阪に帰ってきました。」

館山へ移住して、就農するまでの流れを教えてくださいますか?

2012年の独立を期して2008年に作ったTシャツ
2012年の独立を期して2008年に作ったTシャツ

「まず、大阪の大きな農業法人で3年弱働きました。東京ドーム8個分の稲作と、6haのタマネギやってるようなすごい大きな農家だったんですが、独立したい気持ちが強くなって退社して、ウーフ(オーガニック農家に泊まって作業するファームスティ制度)で全国を回ってみることにしました。
大阪・徳島・京都・茨城・三浦半島・成田・鴨川などを巡った後、温暖で海の近くの館山へ移住してきたんです。」

ポリネシアをこよなく愛する サムソン氏
ポリネシアをこよなく愛する サムソン氏

「僕は、旅行でもポリネシア諸島など海があって暖かいところが大好きなんです。
たまにこんな格好して、『トンガから来ました』っていうとみんな信じてくれます(笑)。
南房総は海も綺麗だし、これは原点生活するにはピッタリだなって肌で感じて、ここ館山に決めました。」

samson’s lovely farmさんではどんな農業をやられているのですか?

samson's lovely farmの野菜たち
samson’s lovely farmの野菜たち

「ウーフで学ばせてもらったことを糧に、今は農薬と化学肥料を使用せずに年間30種類以上の野菜を作っています。肥料は平飼い養鶏農家さんの鶏糞、それに米ぬかを入れて発酵させたボカシ肥料、あとはもみ殻や木草灰、緑肥などを使っています。
鶏の餌までこだわってる養鶏農家さんが近くにいらっしゃるので、いつもすごいお世話になっていて有難いです。」

農家民宿にて人と人との出会いの場を育みたい

ライフワークとしてのマラソン 北条海岸沿い
ライフワークとしてのマラソン 北条海岸沿い

「ただ、僕の一番の夢は、自分で農業をやっていくだけではなくて、『農家民宿』みたいなゲストハウスをやることなんです。僕自身が旅をしてみて、現地の人たちや旅人との出会いによって人生を大転換させてしまったぐらい、やっぱり出会いって何よりも大事だと思っています。」

毎週火曜日は地元のジャンベチームと
毎週火曜日は地元のジャンベチームと

「あと、農業って人の心を癒したり温めたりする力が絶対にあって、身体を動かして採れたての野菜を使った料理を食べてるうちに、自然と生き生きしてくるんです。それで、一杯やりながら夢を語り合ったりして、どんどん応援しあっていく空間を作りたいな~って思っています。
僕の農業のコンセプトは『百姓一喜』っていうんですけど、農的生活と関わりながらみんなで団結して世の中良くしていこう~って意味なんです。これからは一揆じゃなくて一喜!みんなで盛り上がっていきましょ~!」

仕事の傍らで世界中を旅した経験をもとに、人の生き方の原点に立ち戻ろうと心に決め、日本中で研修した末に館山移住を選択した篠塚サムソン氏。鍛え上げられた肉体とつぶらな瞳、滲み出る優しさを放つ紳士。そんなサムソン氏のファーム情報やライフワークについては以下「サムソンの雄叫び!!」をお読みください。

samson’s lovely farm

blog: http://samsonlovelyfarm.blog103.fc2.com/(サムソンの雄叫び!!)
Mail: samson-lovely-house(@)hotmail.co.jp

先駆的アイディアで活性化! 齊藤拓朗さん

とある方から、館山の「いちじくジャム」は本当に美味しいねという話をお聞きしてからずっと気になっていた館山パイオニアファームの齊藤拓朗さん。連絡をとってみると、知名度にも関わらず就農3年目だということで驚きの言葉を隠せませんでした。館山のスイーツといったら「いちご」や「ビワ」が有名ですが、齊藤さんはなぜ「いちじく」を新規就農で栽培するに至ったのでしょうか?今年の展望も含めてインタビューさせて頂きました!

館山パイオニアファーム 斎藤拓朗さん
館山パイオニアファーム 斎藤拓朗さん

就農するまでの経緯を簡単に教えていただけますか?

「館山出身なのですが、大学受験で千葉市へ越してから、かれこれ10年ほど館山を離れていました。
大学卒業後は、ホームセンターの仕事を長野県でやっていたんですが、転勤が多い職種だったのと長男だったこともあって、いずれは館山に帰って仕事をしたいなって思っていたんです。」

富浦枇杷倶楽部
富浦枇杷倶楽部

何故、農業をやろうと思ったのですか?

「ホームセンターを辞めて地元に戻るとすぐに、とあるビワ農家さんから手伝ってみないかとのお誘いを頂いたんですね。
ビワは南房総の特産ですが、生産から加工、販売も含めたビワのブランド展開の道に興味をもちました。そのへんから、農業面白い!って思うようになったんですね。」

いちじく
いちじく

なぜイチジクを選んだのですか?

「ビワやいちごは、もう多くの方に知って頂いて、シーズンになるとたくさんの観光客の方々で街が賑わいます。まさに今、土日のいちご狩りのバスの量すごいですよね?初夏になるとこれがビワに代わるんです。
ただ、1月~6月まではいいのですが、いかんせん7月から12月の間楽しめる果物があまりこの土地にはない。もしこの時期に喜んでもらえる果物の観光農園ができれば、これは館山全体にも貢献できるのではないかと思うようになりました。」

夏から冬を盛り上げる いちじくスイーツ!

いちじく
いちじく

「いちじくは、露地だと8月~11月、ハウスだと7月~12月頃まで楽しむことのできる夏から~秋にかけての果物です。また枝を土に挿すだけで根をはって、どんどん生育してくれるとっても強い植物なんですね。
また、これは余談ですが、イチジクって一日一つ熟するから『一熟』で、『いちじく』と言われるほど、長い期間をかけて少しずつ結実してくれるんです。一気に生育するとそれなりに人件費もかかりますし、平均してゆっくり採れるので、少人数でケアができるところも大きな特徴です。」

今年8月にグランドオープンするいちじくスイーツショップの前にて
今年8月にグランドオープンする    ちじくスイーツショップの前にて

今後のご展望をお聞かせください!

「実は、今まで温めてきた計画が、やっと今年実現するんです。名づけて『いちじくスイーツショップ』8月にグランドオープン!
いちじく狩りを体験して頂きながら、オープンカフェでいちじくに特化したスイーツを楽しむことができる場所なんですよ! いちじくパフェ、いちじくタルト、いちじくパウンドケーキ、いちじくジャムやシャーベット、ジェラートまでご用意する予定です。」

いろんな種類のいちじくを楽しめる場所
いろんな種類のいちじくを楽しめる場所

「また、いちじくっていうと一般的な『桝井ドーフィン』を想像されると思うんですけど、実はいろんな品種があるんです。その中でも特に美味しいものを選んで、バラエティあるいちじくパラダイスを作っています。
フランス産で激甘の『バナーネ』や一口サイズの『ネグローネ』など、試食もできて十分にいちじくを堪能して頂けるのではないかと思っています。」

ありがとうございます。それでは、新規就農を志す方への一言頂けますでしょうか?

いちじくの生育過程を話す齋藤さん
いちじくの生育過程を話す齋藤さん

「そうですね、6次産業化という言葉をご存知ですか? 生産が1次産業で、加工が2次産業、販売が3次産業ですので、1×2×3=6になった産業です。
つまり、単に生産するだけでなくて、自分で加工して販売まで持っていくことを指すのですが、実はこれってこれからの農業経営にとっても大事な視点なんですね。」

40aのいちじくを丁寧に準備中
40aのいちじくを丁寧に準備中

「特徴ある農法や農作物を生産していれば別ですが、始めてすぐに大規模で独り立ちするってなかなか難しくて農業も奥が深いので、時間がかかります。
そこで小規模で少しずつ始めるには何かしらのアイデアが必要になってくるんです。もちろん問題は予想外に現れてきますし、その時々で解決策を考えていくんですけど、従来考えられていた農業とは違ってクリエイティブな側面に溢れていますので、この点は本当に面白いです。」

館山いちじく組合結成(昨年10月だん暖たてやま表紙掲載)
館山いちじく組合結成(昨年10月だん暖たてやま表紙掲載)

「また、たくさんの新規就農を応援する補助金や借入の制度があります。しっかりした計画書を作って動き出せば、数え切れないほどの優遇制度から自分に必要なものを選ぶことができます。
やっぱり後継者問題や耕作放棄地の問題など切迫した逆境にある、そんな時代だからこそ、若い奴らがやるっていったら応援してくるようになったのだと思います。昔ではこんなことは考えられないでしょうから。
そういう意味では、新規就農は今がチャンス!なのかもしれません。」
富浦の枇杷倶楽部などに代表される農産品の生産から販売までの過程を学んだ齋藤さんは、こうしたスイーツ体験を楽しんでもらうことで人の比較的少ない秋から冬にかけての館山を盛り上げられるのではないか、といちじくに目をつけました。バラエティある美味しいいちじくを生産することはもちろんのこと、それを加工して販売する総合ショップまで今年出来上がったのです。
齋藤さんのお話からは、農業というものがこれまでの枠を越えてアイディアを求められる時代になったことがわかり、イメージが大分変化してきているのだということを知りました。自由な発想をもとに、気持ちの良い環境の中で仕事ができる、そんな農業の素敵な側面がより多くの方に伝わるといいですね。
館山パイオニアファームは今年8月、いちじくスイーツショップがグランドオープンします!
是非この夏から秋は、館山でいちじくを楽しんでください!

館山パイオニアファーム

いちじく園:千葉県館山市正木西郷393
HP:http://www.pioneer-farm.jp/
お問い合わせ:090-2459-1094
代表:齊藤拓朗


今回は、新規就農をテーマに御三方にお話をお聞きしましたが、お一人お一人が非常に個性的な就農の道を歩まれていることがお分かり頂けたのではないでしょうか。筆者自身、就農について漠然としたイメージしかもっておりませんでしたが、ここ館山には新たなビジョンを礎として、次世代農業を開拓されている方が集まりつつあります。ご興味ある方は、是非一度直接お話を聞いてみてください。ほかの仕事を経験してきた人ならではの実感と、農業を始めることで新しく生まれた「夢」を存分に語って頂けると思いますよ!

「地元の人も知らなかった! たてやま地産地消ガイドブック2012 農水の達人完成!」

農水の達人
農水の達人

なぜ館山には地元野菜を使うお店が多いの?」にてご紹介した「地産地消ガイドブック」に続き、『農水の達人』が完成!
「生産組合や認定農業者をメインに約150件の農水産業者を取材し、その中から見て、聞いて、食べて感動した、確かな品質と栽培技術を誇る選りすぐりの50例を達人のこだわりとともに紹介しています」とのことです…。(館山市農水課ページよりダウンロード可)
土地で生産されている方がどんな方なのかを知ることで、一層顔の見える関係が広がって、信頼ある街のイメージが一人一人に育まれるように思います。それにしてもこの2本のパンフレットはすごい! 是非ご一読ください。

なぜ西岬のひまわりはこんなに人気なの?

西岬ひまわり

館山の南西、東京湾に突き出た岬一帯を、西岬(にしざき)といいます。
日本の道100選にも選ばれている海岸線は「房総フラワーライン」と呼ばれるなど、
昔から花栽培が盛んです。
すでに見聞きされた方も多いかと思いますが、この地で作られるひまわりは「西岬ひまわり」として、大人気のブランドになっています。
それでは、この広い関東圏で、これほどの人気を誇る理由を紐解いてみましょう。

(2012/06掲載:H)

西岬(にしざき)とはどんなところ?

西岬地区 房総半島は、西側を東京湾、南側と東側を太平洋と面しており、土地のほとんどが海に囲まれています。この東京湾と太平洋の境界をなしている岬が、ここ館山にある西岬(にしざき)地区です。
東京湾側の西岬の海が景色を反射するほど波穏やかな「鏡ヶ浦」と呼ばれているのに対して、太平洋側の海は潮流が激しく「鬼が浦」との異名をもつほどに恐れられており、同じ地区の中にもたくさんの表情をもっている場所なんですね。
映画『花物語』 監督:堀川弘通 また、東京湾の入口に位置していることから、首都防衛の要として江戸末期以降に設置された軍事施設や砲台などもたくさん発見されており、平和学習の場としても注目を集めている場所です。
『花物語』という映画がありますが、戦時中「花作り禁止令」によって南房総の花栽培が禁止された史実を基にして作られた映画です。こうした映画の題材にも用いられるように、南房総は戦前から温暖な気候を生かして昔から花栽培が盛んであったことが知られています。
もちろんここ西岬も例にもれることなく花栽培が盛んで、西岬の突端にある洲埼灯台は昔「マーガレット岬」と秩父宮妃殿下に讃えられたことがあるなど、花にまつわる逸話には事欠きません。1971年に編纂された『館山市史』では花卉集団育成地域が西岬地区に指定されたことが示されており、当時その種類が以下であることが記されています。(p.456)

花卉:ストック・金魚草・アイリス・マーガレット・ポピー・カラー・カーネーション・キク・ユリ

かなりの多品種が栽培されていることがわかりますよね。ただ、あれ?と思いませんか。今回のテーマとなっているひまわりが入ってないんですね。そう、実は西岬におけるひまわりの本格的な栽培は、ここ十数年で到達された成果なのです。それでは、西岬ひまわりはどのようにして始まったのでしょうか。

西岬ひまわりのはじまり

西岬地区におけるひまわり栽培は、平成6年(1994)に女性たちが中心となって始められました。房州の女性は働きものと言われますがこうした伝統が引き継がれているのでしょうか。ただこの時期にひまわりの品種改良や育種が革命的な発展を遂げていたことは、間違いなく関係しているようです。

サンリッチひまわり
サンリッチひまわり

種苗会社タキイは1991年に、これまでのひまわりとは全くイメージの異なったひまわりを誕生させます。ひまわり、というとなんとなく野原に原生している印象が強いですが、新しく生まれたひまわり「サンリッチ」は小ぶりで花束にも適しており、フラワーアレンジメントにも用いることができる大変可愛らしいものです。
そしてまた同時に「父の日」のプレゼントとして、ひまわりが定着するようになってきた始まりの時期でもありました。母の日はカーネーションというのはお馴染みですが、父の日の花というと何を想像しますか? 一説では白いバラをプレゼントする話も聞いたことがありますが、このあたり一体どうなっているのでしょうか。

父の日の色は黄色?

母の日が1914年に祝日として制定されると、父の日が広まりつつあった20世紀初頭のアメリカにおいて1926年「The National Father’s day Committee」という国際的な父の日を祝う組織が立ち上がり、それを受けて日本でも「日本ファーザーズデイ委員会」が発足されます。委員会では、古来「身を守る色」として象徴化され、他にも『うれしさ』『楽しさ』『暖かさ』『幸せ』『富貴』『希望』『向上』などの意味を持つ「黄色」を父の色として定め、1982年より「ベスト・ファーザー イエローリボン賞」などを開催してきました。毎年ベストファーザー選考委員会のアンケート調査によって6月の上旬にその年のベストファーザーが発表されることなどから、「父の日」の色が「黄色」ということが定着しました。
もうお分かりですよね?黄色の花で、代表的な花は、「ひまわり」。ひまわりには「情熱」「愛慕」などの花言葉もあります。そんなひまわりのイメージが力強く愛情深い父のイメージと重なることで、以後「父の日」にはひまわりをプレゼントすることが広まってきたということです。

NHKの取材を受ける山崎部会長さん
NHKの取材を受ける山崎部会長さん

このように、ひまわりという花のイメージが大革新した時期に西岬でのひまわり栽培が始まったのです。もちろんこうした動きは全国的なものなので、西岬に留まらず他の多くの地域で新しいひまわりの生産に取り組むようになりました。
それでは、そんな中どうして西岬ひまわりはこんなに人気があるのでしょうか? 驚くべきことに、東京に出荷されるひまわり全体のうち西岬ひまわりのシェアはなんと約3割!それでは、そろそろこの秘密に迫って行きたいと思います。

西岬ひまわりは、なぜこんなに人気なの?

なんといっても西岬の土地柄を生かした砂地栽培

砂山
太平洋に面した西岬地区は、海岸から吹き付ける砂風が陸地内奥にいきわたり「砂山」と呼ばれる観光名所ができるほどに砂地で有名です。砂については、平砂浦海岸の記事をお読みください。
この砂地でひまわりを栽培する特色として、長年西岬ひまわりの開発に情熱を注いできた山田滋さんは次のように述べます。

山田滋さん
山田滋さん

「西岬の土地は、砂地な上に地下水が深くてどんどん水や肥料が抜けてってしまうから、ちょうど天然のトレイのようなものなんです。
初めの頃は、出来たものを出荷していたんですが、この土地柄に目を向けるようになってから水や肥料の配分を試すようになり、今ではそうしたバランスからみんなで造り上げた『西岬ひまわり』を出荷しています。」

普通に考えれば、水や肥料が抜けていってしまうというのは、労力やコストも余分にかかってしまうように思いますが、この砂地であることはひまわり栽培にとってどのような影響があるのでしょうか?

「ひまわりは他の植物に比べて水上げがとってもいいんですね。だから水や肥料をやった分どんどん肥えていってしまうんです。
こうした水はけのよい砂地ですと、水や肥料の『やり過ぎ』といったことが起こりにくく、またもっと重要なのは、ひまわり自身が頑張って吸収しようとするから、細くて引き締まった茎になります。そのため道管が空洞もなく、日持ちの良いひまわりが誕生しました。」

西岬地区は、冬場はストックやポピーの生産が盛んなことでも知られています。ひまわりの栽培は、この冬場にまいた肥料をもとに造られるということで、改めて肥料をまくこともほとんどないそうです。つまり、ひまわりそのものの生命力を最大限に発揮させることがそのまま、形や日持ちの良さに直結しているんですね。まさに黄金律にて栽培された輝きを放っていたのでした。

西岬ひまわりの種類の多さ

こうした積年の努力はJA安房ひまわり共撰部会さんのモットーである「お客様に喜んでもらえるひまわりを作りたい!」という思いに貫かれています。毎年同じ品種を同じように育てて出荷して、それでおしまい、というもしかしたら従来の農業にとっては当然のようなあり方から、常に手にとった方々に喜んでもらえるように努力して改善していくという方針は、西岬ひまわりの品種の多さにもつながっています。筆者が取材に伺った時も、今後試作品について議論されている最中でした。
それでは、現在「西岬ひまわり」として出荷されているひまわりの種類をカタログからみてみましょう。

西岬ひまわりカタログ
西岬ひまわりカタログ

ひまわりにこんなにバリエーションがあるの?と驚いた方もいるのではないでしょうか。土地の利を最大限に生かし、新しいものに挑戦していく気風に満ちたJA安房ひまわり共撰部会には、毎年種苗会社から数多くの新作が届きます。それらを試験的に栽培して、研究し良いものがあればどんどん取り入れていく、これが西岬ひまわりスタイルです。
部会長ご夫婦による仕分け作業 また、ひまわりの輪の大きさや長さに細かい規格が設けられ、仕分けも細心の注意に従って生産者みんなで行っていきます。
お客様に喜んでもらえるひまわりを作りたい!というこのシンプルな思いは、こうした出荷までの地道な一つ一つの作業や規格に表れているといえるでしょう。

生産者同士の仲の良さ

 

JA安房ひまわり共撰部会
JA安房ひまわり共撰部会

JA安房ひまわり共撰部会は総勢16軒の花農家さんから集まってできています。16軒で、東京市場の3割ものひまわりを生産しているというのもすごいことですが、何よりこの16軒の農家さんが安定して高品質なひまわりを提供し続けているということに、この「西岬ひまわり」がブランドとして確立しつつある秘密が隠されています。
上述しましたように、西岬地区は水はけのよい砂地であることが特徴であり、そうした環境的な側面は西岬が高品質なひまわりを作り続けることに大きく関っています。しかし、同じ西岬といっても、もちろん16軒の農地には16軒それぞれに特徴が異なり、全く同じ土地であるはずがありません。植物は土地の様々な要因に影響を受けますので、初め個人で出荷していた頃は、花農家ごとに全く異なったひまわりが出来上がっていたそうです。

現品査定会の様子
現品査定会の様子

この違いから、同じひまわりを作っていくための苦労は並大抵のものではありませんよね。一つ一つの農地に適した水や肥料のバランスや品種を見つけだし年を重ねるごとに規格を作り上げていったということ。現在の規格のきめ細かさや総出荷量を考えると、このような時期があったなんてまるで思いもよりませんが、よく考えてみれば16軒の人々が同じ目標をもつことそのものが難しいことなのではないでしょうか。

筆者は「西岬ひまわり」が、ここまでの人気を得ているより広い理由は、共撰部会の方々の仲のよさにあるのではないかと思いました。一人の力では決して到達できなかったかもしれない目標に、16軒の農家さんが日常の他愛のない世間話や情報交換から定期的に行われるミーティングに至るまで、本当に和気あいあいとして楽しく向かっているのです。この方々だからこそ元気に溢れたひまわりを、常にお客様の目線から生産することができるのだと思います。

花正さんでの西岬ひまわりフェア
花正さんでの西岬ひまわりフェア
 このように、西岬の土地柄や生産者のお人柄が奇跡的に合わさってできあがっている「西岬ひまわり」。その人気の理由をおわかり頂けたでしょうか?西岬ひまわりは、細くて花の輪も小さいので花束としてまとめることもできますし、他の花と共にフラワーアレンジメントに用いることもできます。
いよいよあと2週間に迫ってきた「父の日」ですが、是非プレゼントには「西岬ひまわり」をどうぞ。きっとたくさんの笑顔と初夏のさわやかな空気を運んできてくれますよ!

ひまわりを長持ちさせるためのワンポイントレッスン

西岬ひまわりのぎっしり詰まった茎
西岬ひまわりのぎっしり詰まった茎

記事中にも出てきましたが、ひまわりは水上げがとっても良い花です。そうした生命力を支えているのは実は茎なんですね。ひまわりの茎は細く長く伸びているため、あまり水を入れ過ぎると茎が腐ってしまってすぐに弱ってしまいます。
そのため、花びんに挿したひまわりを長持ちさせるためには、あまり水をいれすぎずに底面から数センチ程度の水に保つことが秘訣だということです。ただし、吸い上げが早いので水が無くなってしまうことは注意してくださいね。

なぜ館山のトウモロコシは生で食べられるの?

トウモロコシ畑
トウモロコシ畑

トウモロコシってどうやって食べますか?塩で茹でたり、スープにいれたり…焼きトウモロコシともなれば、夏の風物詩にもなっていますよね。
ここ館山のトウモロコシは旬の時期が6月から7月の中旬で、なんといっても生で食べた時の食感は言葉に表現しがたい感動があります!今回は誰もが驚きを隠せない、その甘さの秘訣に迫ってみました。

(2012/06掲載:H)

トウモロコシの今昔

最近店頭に並ぶトウモロコシを食べた方ならお分かり頂けると思いますが、トウモロコシは数ある作物の中で稀にみる進化を遂げている作物で、少し前と比べると格段に味が変わってきているんですね。そこで今回は、現在館山で作られているトウモロコシが一体どんなものなのかを知るためにも、簡単にトウモロコシの歴史をおさらいしてみましょう。

トウモロコシ栽培の起源

テオシントとブタモロコシ
テオシントとブタモロコシ

トウモロコシ栽培が始まったのは紀元前3000年頃のアメリカ大陸であったと言われており、現在ブタモロコシと呼ばれている「テオシント」という植物が起源とされています(他にも諸説あり)。マヤやアステカといった古代文明にもその痕跡がみられ、すでに主要生産物として重宝されていたようです。

クリストファー・コロンブス
クリストファー・コロンブス

欧州にトウモロコシをもたらしたのは、クリストファー・コロンブス。15世紀のアメリカ大陸発見の時に、トウモロコシを持ち帰ったことも歴史上の大事件となりました。その後急速にヨーロッパ中に広まり、16世紀に日本へやってきますが、始めの頃は飼料用のトウモロコシが持ち込まれていたそうで、本格的な栽培は明治期に持ち越されることになります。その時目をつけられたのが北海道の広大な大地でした。北海道は明治期に開拓が進められますが、この開拓使らによってトウモロコシの試験的な栽培が行われ、食用の新しい品種の育成に成功したのです。これによって日本でのトウモロコシ栽培が本格化していくんですね。

トウモロコシは、持ち前の栄養価の高さから世界中で生産が広がり、現在では小麦や米と共に「世界三大穀物」の一つに数えられています。小麦が約6億トン、米が約4億トンなのに対してトウモロコシの世界生産量は約7億トンということで実は私たちの生活と非常に密接な食物であることがわかりますね。

新しい品種にはどんなものがあるの?

トウモロコシは用途や土地の性質などに合わせて改良がなされ、これまでに多くの品種が誕生しました。

スイートコーン
スイートコーン
スイートコーン

まずは、一般的なトウモロコシとして誰もが思い浮かべる品種は甘味種(スイートコーン)でしょう。茹でて丸かじりしたり、焼きトウモロコシやコーンスープなど、食卓のさまざまな場面で登場します。

ポップコーン
ポップコーン
ポップコーン

次に爆裂種というのがありまして、こちらはポップコーンに用いられる品種です。粒の皮が非常に硬いため、熱してもすぐに割れることなく圧力に耐えます。粒の中の水分が膨張して、一定の強い圧力のもとで弾けて爆発するのです。この原理によってポップコーンができていたわけですね。

ジャイアントコーン
ジャイアントコーン
ジャイアントコーン

またはアイスなどのトッピングなどでおなじみのジャイアントコーンという品種を聞いたことはないでしょうか。甘味は少ないですが、2cm程にもなる粒の大きさや乾燥した食感を利用してお菓子などによく用いられています。

デントコーン
デントコーン

プリンを作るために用いられたり、あんかけの原料になっているコーンスターチというデンプンがあります。こちらはその名の通りトウモロコシから作られるものですが、その原料となる品種が馬歯種(デントコーン)です。できた粒が馬の歯に似ていることから馬歯種と呼ばれますが、家畜の飼料としても大きな役割を担っています。

その他まだまだ多くの品種が存在しますが、大半のものは家畜用の飼料、そして工業用の原料として使用されています。トウモロコシは単に食べるというだけではなく、その実に含まれるエネルギーを利用して新しい試みにも挑戦されている作物です。

スイートコーン革命の時代と館山

味来(みらい)
味来(みらい)

トウモロコシの全体像を外観したところで、本題に入っていきましょう。今回テーマとなっているトウモロコシはもちろんスイートコーンです。館山のスイートコーンはその名前を「味来(みらい)」といいます。ただ、近年スイートコーンの味が大変革しているさ中、館山ではなぜ味来を選び、作り続けているのか、その経緯をトウモロコシ生産者の方々のお声をお聞きしました。

「昭和の頃まで、トウモロコシは塩で茹でたり醤油で焼いたりしない限りは食べられないものでした。今から10年ほど前ぐらいからでしょうか、スイートコーンの品種が目覚しい甘さをもつようになったんですね。
それからというもの、甘さを売りにしたたくさんの品種が誕生していきました。例えば“ピュアホワイト”は、真っ白な粒で5、6年前に北海道で爆発的な注目を浴びたことで有名です。」

ピュアホワイト
ピュアホワイト

「余談ですが、このピュアホワイトは実は千葉の農場で生まれた品種なんですね。
ではなぜ千葉で売られなかったかというと、キセニア現象といって近くに栽培された他の品種と混ざってしまうことを避けたからなんです。トウモロコシは北海道というのが定番ですが、実は千葉は全国2位の生産量を誇っています。こんな逸話からもわかる通りトウモロコシ開発の最先端を走っているんですよ。」

「そんな中で私たちが10年も前から“味来”にこだわっている理由は、その特有の甘さと食感にあります。今甘さを売りにしているトウモロコシは、糖度という区分でいったらどれも信じられない数値となっています。メロンと同じか、それ以上のものもあるんです。
ただし、生で食べた時に広がるあのジューシーで瑞々しい食感はどれも味来にはかなわないと思っているんです。美味しいというのはもちろんですが、驚きのような感覚があります。」

味来は、こうした新スイートコーン品種の中でも最も古い品種の一つ。味来が生まれて以降、多くの作りやすくて甘い品種が登場してきましたが、それでも未だかつて味来を超える衝撃を与えた品種は現れていないと生産農家さんは語ります。
その理由として、味来は「ラッキーパンチ」なのだ、というストーリーもお聞きしました。味来のような品種は長いこと待ち望まれてきたものの、どうやってもうまくいかなかったところ、南米のとある片田舎でたまたま成功したのがこの“味来”なのだそうです。こんな自然に生まれた味来のイメージも館山にはぴったりですね。

なぜ館山のトウモロコシは生で食べられるの?

神戸地区農家 安西淳さん
神戸地区農家 安西淳さん

さて、いよいよ今回の謎の答えに迫る段となりました。上のお話からわかることは、ここ数年でスイートコーンの大革命が起こり、甘い品種がたくさん生まれてきたということ。なかには味来でなくとも、生で食べられることを標榜している品種ももちろんあります。
それでは、なぜ館山で食べるトウモロコシは生を勧められるのか?この理由を館山市神戸地区のトウモロコシ生産農家、安西農園の安西淳さんにお聞きしました。

[ポイント解説]

①砂地であること
②日照時間が長いこと
③6月~7月は昼と夜の温度差が大きいこと

「館山の特に西岬から神戸地区は砂地の大地です。レタスやひまわりなどの花栽培でもこの砂地が大活躍しておりますが、実は甘味を大事にして作られる作物には砂地は最も適している土壌なんです。
それに加えて、イネ科であるトウモロコシはお天道様が大好きです。館山における初夏~夏の平均日照時間は全国トップレベル(気象庁データ )なので、目一杯光合成できる環境にあることも大きいでしょう。
そして最後に、これはなぜ私たちが真夏のイメージがあるトウモロコシを6月から7月の中旬にかけて栽培するのか、ということに直接関るのですが、昼と夜の気温の差なんですね。トウモロコシという作物は昼夜の温度差が大きければ大きい程栄養や甘い成分を含みながら成長します。またこの季節は虫が少ないので無駄な農薬を使わずに自然に育てられるところも魅力です。
そんなわけでトウモロコシの美味しさを最大限に感じて頂くためにも、もぎたてを生で食べるようにお勧めしています。」

食べる感動的な甘さとその食感が口コミで広がり、トウモロコシの収穫体験に来る方々が年々増えてきています。生産農家さんからしてもこのことは喜ばしいことのようで、今後そうした機会をより一層増やしていく予定だとのこと。そこで最後に収穫を体験してもらうことへの思いをお聞きしました。

NPO法人おせっ会 移住体感ツアーの様子
NPO法人おせっ会 移住体感ツアーの様子

「私たちの収穫体験というのは、もちろんお客様にとれたてのトウモロコシの味を体感してもらいたいというのが一番ですが、『食育』という観点も非常に重要視しているんです。
どうしても小さいお子さんはお菓子などの濃い味に惹かれてしまうので、好き嫌いが多くなって栄養バランスが崩れてしまうことも多いです。そんなお子さんにも、このトウモロコシの味は強いインパクトを与えてくれると思っています。幼いうちに『こんな野菜があるんだ』という体験を脳裏に焼き付けてもらい、野菜のイメージを変えていってほしいんです。
また、ただ収穫するだけでなくトウモロコシやこの土地にまつわる小話をするようにしています。例えば『トウモロコシのひげは粒の数だけはえてるんだ』なんて話をすると目を丸くして驚く子もいるんですよ。カップルや家族、世代を越えてそんな思い出を作ってもらって、またいずれ時期が来た時に館山を思い出して来てもらえたら本望です。」

収穫体験というと、ちょっとしたアトラクションのように考えられることもありますが、館山のトウモロコシ生産農家さんは、持ち前の衝撃的な味を生かして食育にまで貢献できるように収穫体験を受け入れているんですね。トウモロコシの味は、1日置いたら半減するとまで言われています。是非一度獲れたてもぎたての館山産トウモロコシをご賞味ください。そして、そんな体験を話題に、家族での団欒、カップルでの一時を過ごしてみてはいかがでしょうか。

収穫体験&直売所 百笑園

館山のトウモロコシを収穫体験しながら食べることのできる施設に「百笑園(ひゃくしょうえん)」という直売所があります。この直売所、獲れたて野菜以外にも地元産品が集まる場所であり、何より地域の情報共有の場となっていることで注目を集めているんです。どんなところなのでしょうか?

店主の井坂健太郎氏は関西出身。高校の時から農業に興味を持ち始め、大学の農学部で勉強した後、地域密着型の直売所に可能性を抱き始め、現在の百笑園の構想が出来上がってきたとのこと。

どんなことを目的に百笑園を開かれたのですか?

「食の安全などを求める声が高まる中、安心でおいしい『直売所』という施設が、地域の情報交換の場として機能して、その土地ごとの独自性を引き出し再発見することができるのではないかと思い始めました。可能な限り地元の特産に焦点を当てて、ちょっとした情報から奥深いところまでカバーしたインフォメーションスペースができたらいいなと思っています。」

平成23年5月に開店されたそうですが、その後どうでしょうか?

百笑園昨年5月にオープン
百笑園H23年5月にオープン

「まだまだやりたいことを挙げたら限がありませんが、たくさんのメディアに取り上げて頂くなど、こうして活動していることに少なからず意義を感じています。農業だけに限らないコミュニティースペースとして定着して、一つ一つの体験が長期的に繋がってほしいという目標も見えてきています。」

今後は、農業や地元神戸の伝統行事なども含めてさまざまなワークショップなども行っていきたいと語る井坂さん。三輪バイクなどを置いて、いずれは神戸全体を紹介できるようになりたいなぁとワクワク話には事欠きません。
ユニークなコンセプトをもった新しい直売所「百笑園」。旬の時期に合わせて数々の体験メニューも用意されています。興味ある方はトウモロコシ体験も含めて、一度気軽に足を運んでみて下さい。

百笑園 季節ごとの収穫体験メニュー
季節ごとの収穫体験メニュー

 

 

 

 

 

 

 

 

百笑園

〒299-0224 千葉県館山市藤原837
電話 0470-28-3200 FAX 0470-28-3200
E-Mail:info@hyakusyouen.jp
担当 井坂健太郎

コラム「トウモロコシの栄養価」

トウモロコシは、アフリカや中南米においては主食として生命を支えるほどに栄養に富んでいます。
主成分はでんぷん。たんぱく質、脂質、糖質をバランスよく含み全体的なエネルギーを供給します。また食物繊維が多彩で、脂質の吸収を抑えコレステロールを抑制し、便秘の予防や改善、大腸がんの予防にも効果を発揮することが知られています。
ほかにも、疲労回復を促進するビタミンB群、血圧の上昇を抑えるカリウム、老化を防止するビタミンEなどなど、万能野菜なんですね。
ただし、一度収穫すると足がはやい作物としても有名で、一日置くと栄養価が半減するとまで言われています。買ってきたらその日のうちに食べるのがいいでしょう。もしそれが難しければ、茹でてラップで包み冷蔵庫または冷凍保存をお薦めします。(写真=百笑園でのトウモロコシ体験)

なぜ館山の人は落花生を茹でて食べるの?

スーパージャンボ落花生「おおまさり」

落花生といえば千葉県が誇る一大特産品。
全国の生産量のうち、7割以上もの落花生が千葉県で生産されています。
ここ館山でももちろん落花生が生産されていますが、何やらかなり特徴のある落花生のようなのです。
今回は館山産落花生の全貌を明らかにするとともに、その美味しい食べ方や買うことができる場所などを紹介します。

(2012/09掲載:H)

落花生の王国 千葉県

千葉県の落花生モニュメント

千葉県は野菜全体の生産高が全国で2位と有数の農産県なのですが、中でも落花生はダントツ1位の座を維持し続けており、2010年の農水省の統計によると全国の生産量1万6200t(殻付き)のうち1万2300tともなる75%以上もの落花生が千葉県で生産されています。これには何か理由があるのでしょうか。

「現在ラッカセイ栽培が全国で一番多いのは千葉県である。これは九十九里の海岸地帯のほか、北総台地といわれる火山灰土の畑作地帯で広く栽培されているためである。
開墾畑が多かったこれらの地域は周辺に川が少なく、乾燥しやすい火山灰土の畑では夏場の干ばつを受けやすい。ほかの作物の栽培がむずかしく、これらの条件に適したラッカセイが栽培されるようになった。」
(『ラッカセイ』鈴木一男著/農山漁村文化協会2010年p13)

千葉県は、北部を「北総台地」と呼ばれる火山灰土が堆積した地帯が占め、東南部は九十九里の海岸線が広がるため、全体的に真水に恵まれない土地として昔は農地に不向きであったようです。それが、明治期になって職を失った武士の就業先として本格的な開墾事業が始まると一転、やせ地でも栽培できる作物を中心に農産県としての道を歩み始めました。
落花生は比較的土地を選ばずに栽培することができ、またマメ科の植物として土を肥やす働きもあったため広い範囲で急速に栽培が始まり千葉県は一大生産地となります。その当時は他県でも多く落花生を栽培していましたが、単価の高い作物が流入してきてから全国的な生産は漸減。ただ千葉県だけがその生産量を落とすことなく栽培を続けていたため、これ程までに突出した生産割合を保持するに至ったのです。

館山の落花生とは?

落花生の花

それでは館山で栽培されている落花生はどんなラッカセイなのでしょうか。

ひとえに落花生といえども、アンデス山脈に誕生してからこれまでに数々の進化を遂げてきました。16世紀の大航海時代、新大陸にて発見されてから日本に伝わったのは18世紀の江戸時代で、その後明治期に入って政府が奨励するなどして栽培が本格化し、品種改良も積極的に行われてきました。
日本で栽培されている落花生品種の多くは千葉県で開発されたものです。これはなぜかというと、落花生を研究する日本で唯一の機関「千葉県農業総合研究センター」が千葉県八街市にあるからなのです。落花生王国ならではの研究所ですよね。それでは現在市場に出回っている千葉県が育て上げた代表的な品種をいくつかみてみましょう。

煎豆落花生

千葉半立(ちばはんだち) 奨励品種採用年度 昭和28年

千葉半立

日本の落花生の中では最も歴史が古く日本産落花生のイメージを作った品種。そのコクや風味から「落花生のコシヒカリ」や「落花生の王様」と呼ばれ親しまれてきました。天日干しで乾燥させ煎って食べます。

ナカテユタカ  奨励品種採用年度 昭和54年

ナカテユタカ

こちらは昭和54年に奨励品種となった落花生。さっぱりとした甘味に定評があり、千葉半立と肩を並んで煎豆落花生の代表種となりました。早生品種であり、千葉半立よりも一足早く旬の落花生が楽しめてしまうところも魅力です。
ちなみに、千葉半立とナカテユタカを外見で見分けるのは難しいのですが、中の薄皮で見分けることができます。薄皮の裏側が赤いものが千葉半立、白いものがナカテユタカです。

茹で落花生品種の登場

郷の香(さとのか) 奨励品種採用年度 平成13年

郷の香

平成に入り、茹で落花生が登場します。茹でて食べることを目的とした落花生が初めて誕生したということで大きな注目を浴びました。とはいえ、茹で落花生の存在をまだ知らない方もいると思いますので、その経緯について少し触れておきましょう。
「掘りたてのラッカセイを塩茹でして食べる習慣は、神奈川県や静岡県、九州などでは古くからあった。茹でラッカセイは、煎り豆と違い、軟らかい食感で甘味が強く、ラッカセイのおいしい食べ方ではあるが、日持ちが悪いため販売時期と地域が限定され、広域での流通には不向きだった。現在では冷凍されたものが通年販売されているが、以前は産地の旬の味として知る人ぞ知る食べ方だったのである。
これが直売所ならば、掘ってすぐに並べることができ、生莢のままラッカセイを販売できる。すでに茹でラッカセイが評判になり、目玉商品となっている直売所もある。」
(『ラッカセイ』鈴木一男著/農山漁村文化協会2010年p10)

落花生を茹でて食べるためには、もちろん生の落花生が必要になります。生では保存がきかないために天日干しで煎って食べる習慣が生まれたわけですが、実は生産農家さんはすでにだいぶ前から生落花生を茹でて食べる美味しさを知っていました。
それが最近になって直売所を代表とした流通経路の短縮化や冷凍庫など保存技術の発達により、新鮮な野菜が一般の食卓にも並ぶようになってから、この茹で落花生が注目を浴びだしているのです。

そこで平成13年に推奨品種となったのが、「郷の香」です。茹でるという用途に合わせて殻が薄く、甘味が強いことが特徴で、これまでで初めて茹で落花生専門に品種改良が行われました。茹で落花生の旨みは急速に消費者の間で広まり、郷の香の生産量は年々増加の傾向を辿り現在でも人気商品となっています。

おおまさりの誕生

 落花生はマメ科の作物であり、根に根粒菌が共生していることから比較的どのような土地でも畑を肥やしながら容易に栽培でき、また収穫物が軽いため女性や老人による栽培にも適しているという特徴があります。そのためこうした側面から耕作放棄地の活用に期待の声が上がっている作物です。
また栄養面からみても、高カロリーの優れた栄養食品であるとともに、老化の防止やがん予防などの効果がある成分が多分に含まれた健康機能性食品であることもわかってきているんです。実は想像以上に万能な要素をもった作物だったのですね。

落花生が入った「潮風と大地のレタスカレー」

こうしたことが認められつつも、これまでラッカセイがお菓子という枠の中でしか捉えられてこなかったことには、やはり煎り豆として食べる習慣が大きく関わっていたのではないでしょうか。
それが、茹で豆として一度受け入れられるやいなや、他の多くのレシピと組み合わせることが可能になり、現在数多くの食べ方が生まれてきています。

おおまさり 奨励品種採用年度 平成21年

千葉県農業総合研究センターは、茹で落花生の食味的な人気の高まりや耕作放棄地の活用にみられる実用的な側面を鑑みて落花生ブームともいえるこの動きを一層加速させるために、「郷の香」以降も精力的に長い年月をかけて新品種の育成に取り組んできました。そして、とうとう念願かない夢にまでみた品種が誕生したのです。名前を「おおまさり」といいます。

ジャンボ落花生「おおまさり」 既存の落花生の2倍!

おおまさりは、千葉県農業総合研究センターが1,700を超える落花生の系統の中から、14年間にわたる選抜を経て平成19年に品種登録出願がなされ、平成21年から販売が開始されました。
店頭に並ぶと目を疑うほどに大粒でインパクトが強く、それでいて収量もこれまでの品種を越える特徴をもっています。また何よりその味が絶品!茹でて食べれば、シャキっとしながら柔らかく、さっぱりしながら濃厚な甘味が口の中に広がります。つまり、これまで以上に育てやすく多く収穫することができ、なおかつ魅力的な大きさと美味しさを併せ持つスーパー落花生なのです。

この落花生こそ、今回ご紹介する館山産落花生の正体です。館山ではそもそも培われてきた直売所等の産直市場との連携を生かして、生落花生を売りにしたこの「おおまさり」を品種登録後即生産が始まりました。それでは、生産者の声をお聞きしてみましょう。

田辺農園 田辺直宏さんのお話

取材させて頂いたのは神戸地区で田辺農園を営む田辺直宏さん。落花生の他お米、トウモロコシ、そら豆、レタス等幅広く農業を経営されている農家さんです。

田辺農園 田辺直宏さん

館山産おおまさりのパイオニアとお聞きしたのですが、どういった経緯でおおまさりを始めたのですか?

「もともと千葉県の農業事務所に知り合いがいまして、おおまさりのことは知っていたのですね。農業新聞でも盛んにアピールしていましたしね。館山では生の落花生を茹でる食べ方がかなり昔から定着していましたから、茹で落花生でそんなに良い品種が育成されたというならば、これはやってみない手はないだろうということで生産を始めました。」

茹でて食べる落花生が定着しているのはなぜなのでしょうか?

「落花生は生のままだと日持ちしづらいのですが、館山では地元でとれた収穫物がすぐに手に入る場所が多いからではないでしょうか。特に落花生はほぼ100%流通を通さずに直接売買でどこもやってますので、生で食べられる環境が昔から揃っていたんだと思います。もともと落花生農家も多いですしね。」

他の地域に比べて館山産のおおまさりの特徴はありますか?

落花生の収穫風景(田辺農園)

「館山のおおまさりを作っている地区は、ほとんどここ神戸(かんべ)地区なんですが、神戸は砂地であることで有名です。
ここで作られているほかの作物、例えばレタスやトウモロコシにもついてもいえることですが、苦みが消えて甘みがすっきり感じられるところが特徴的だと思います。
また他におおまさりを作っている一大生産地などもありますが、ほとんどが加工品や冷凍保存品として売り出されていますので、獲れたての新鮮なものと味に差が出るのは当然でしょう。」

 以上、今回の謎の答えがご理解いただけたと思います。館山にはもともと落花生を栽培する農家が多く、また産直市場がたくさんありますので、地元産の野菜を食べる環境が整っていました。そのため生の落花生を茹でて食べる美味しさが早い時期から広まっていたのです。またそうした土壌があったためにスーパー落花生「おおまさり」をやってみようという雰囲気も一足先に進んできました。
館山産のおおまさりは、砂地で栽培された逞しいエネルギーを含み、柔らかい食感と濃厚な甘さは他の地域と一味もふた味も違うと言われています。落花生おおまさりの旬は9月いっぱいで終了となっておりますので、是非この機会に館山に足を伸ばして、生の落花生を直接茹でて召し上がってください。
ちなみに、田辺農園の生落花生は以下産直市場のうち「直売所 百笑園」・「お土産処 旬彩」・「亀屋本店 里見横町店」に置かれているそうですよ!

田辺さんのワンポイントレッスン    落花生の茹で方

<おおまさりの美味しい食べ方>

***素材を生かしたシンプルな塩ゆで***
①鍋に落花生が全部浸る1.5倍程度の水と水の量の3~4%の塩(水1リットルに対し塩大さじ2杯強)を入れて火にかけます。
②沸騰してから30~40分位茹でます。硬さはお好みで加減してください。
※茹で上がったら、そのままにしておくと(10分~)、だんだん冷めてそれとともに塩味が落花生にしみ込んでゆきます。味を見ながら適当なところで落花生を茹で汁から引き上げます。長時間そのままにしておくと、塩味がきつくなってしまうので、お気をつけください。

***省エネ調理は圧力鍋で***
①鍋の大きさにもよりますが、圧力鍋に落花生1Kgと水200cc、塩大さじ3杯位を入れて火にかけます。
②沸騰してから5分、火を止めて3分蒸らします。
※保存は、茹でた後冷凍すれば一年中食べられます。

おおまさり 収穫体験できちゃいます!!

直売所 百笑園

百笑園

〒299-0224 千葉県館山市藤原837
電話 0470-28-3200 FAX 0470-28-3200
E-Mail: works_info@royal.ocn.ne.jp
担当 井坂健太郎

おおまさりが買える産直市場

南房総なのはな村
住所:館山市広瀬1444 tel: 0470-36-4017
営業時間:9:00~17:00

JAグリーン館山店
住所:館山市安布里448-1 tel: 0470-30-9211
営業時間:9:00~18:00

とれたて市場 健人館
住所:館山市那古559 tel; 0470-205227
営業時間:9:00~18:00

わくわく広場 館山店
住所:館山市長須賀161-1 tel: 0470-23-1174
営業時間:9:00~18:00

セットアップ
住所:館山市北条1722 tel: 0470-28-5387
営業時間:9:00~17:00


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