石見堂 【真言宗】 如意輪観世音菩薩
ご詠歌「石見堂 まいりて沖をながむれば ふねにたからをつむぞうれしき」
正暦(しょうりゃく)4(993)年行基廻国の際、自作の観音像を安置し堂宇を創立したと伝えられている。はじめ西浜の海面に浮かぶ岩山にあったが、天保年間(1830~1844)に現在地へ移された。現在のお堂は明治15(1882)年に再建されたもの。観音像は戦時中に艦砲射撃を避けて、近所の女衆のリヤカーに乗せられて10㎞先の山中にある白滝不動まで疎開したそうである。北小町の佐生(さしょう)勘兵衛が奉納した享保15(1730)年のご詠歌額が掲げられている。向拝(ごはい)の龍彫刻は二代目武志(たけし)伊八郎信常のもの。境内には磯村の医師であり常盤(ときわ)連(れん)を主宰した俳人尾崎鳥周(ちょうしゅう)の句碑や寛文12(1672)年建立の庚申塔(こうしんとう)、慶応元(1865)年奉納の手水(ちょうず)石などがある。眼下に鴨川漁港・鴨川松島などを臨み眺めがよい。石見堂は現在500mほど離れた金剛院の境外仏堂になっている。