茂名地区

たてやま おらがんまっち 館山市茂名地区 国重要無形民族文化財 里芋祭り

地域の紹介

茂名の風景 館山市茂名は、館山市の南部に位置し、海に囲まれた館山の中では数少ない海に面していない内陸部にある集落のひとつです。
 集落は江戸時代からほとんど変化がなく、様々な伝統を今も色濃く受け継いでいる由緒のある土地柄でもあります。
 谷間の集落のため農地は少ないながら、山の斜面を耕して作られた畑で栽培された作物は味が良いとされ、それを求めて市場から直接買い付けにくるほどでした。
 また茂名には六軒様(ろっけんさま)の伝承があり、茂名の始まりは6軒の古い家筋によって開かれたものであるとされ、今でもその家筋がたどれると伝えています。

地域の年中行事

里芋祭りのイラスト 茂名地区では、一年を通じてことあるごとに集落内の人々が集まる行事が行われます。
 里芋祭りのほかにも、稲作の始まりと終わりに行われるヒマチ、さまざまなオビシャ、季節ごとのオコモリなどがあります。
 また昭和三十年頃までは、子供達で行う虫送りやタナドイ、鉦を叩き、念仏と共に大数珠をまわしたり、子供達に団子をふるまったりする十夜の行事も盛んだったそうです。


地域の自慢

 三十戸しかない集落で、数多くの行事を常に当番制で行ってきました。時には年間に数種類の当番が重複して回ってくるので大変です。
 国指定の民俗文化財などは財政支援もなく、義務だけが重くのしかかってくるが、里芋祭りをはじめとした様々な行事が数百年と続いてきたのは、この当番制で集落全員がお互いを平等に扱う村のしくみのおかげです。昔から続いてきたこのようなしくみは他にあまり類を見ない、素晴らしいものです。
 一般的には世襲制で、資産家の家が継ぐことが多い名主も、茂名では交代制で選び、地区の役もカミ、ナカ、シモの三地区の輪番制で決まる民主主義の見本のような地区です。
 特に里芋祭りの際には、地域外に出て行った若者から親戚までが戻ってくるなど、祭りに対する深い思いが伺われます。また、女性も表の行事には参加しませんが、裏方で大いに活躍してくれています。

里芋祭り

祭りの様子 茂名を代表する祭礼が、国の重要無形民俗文化財にも指定されている「里芋祭り」です。
 茂名の鎮守である十二所神社の祭りに合わせて、毎年二月十九日から二十一日の三日間を通して一連の行事が行われます。
 現在は二十日に行われる、茂名の特産であるモナイモ(茂名芋)と呼ばれるアカメ芋(里芋の一種)を使った作り物の奉納の儀が主眼となっていますが、その前日十九日の準備から二十一日の片付け作業まで、多くのしきたりや伝統を受け継いでいます。
 奉納する一対の作り物は当番と積み番仲間と呼ばれる集落の代表によって十九日に作業が行われます。

里芋の選別
里芋の積上げ

 蓬莱山を象ったとされる作り物には一山に九十個ものモナイモが用いられ、メシツギと呼ばれる容器に赤萩の茎を使って積み上げていきます。ふっくらと卵型の山になるように積み上げ、最後に花のついた梅の枝を三本差し、ひと山が仕上げられます。
 こうした作業は全て男衆で行われますが、行程の説明書きなどはなく、毎年一度きりの作業を長年見てきた経験だけを頼りに行われていきます。
20日の奉納を待つ供物 仕上がった作り物は餅や鯛などとともに当番の家の床の間の十二所神社の掛軸の前に供えられ奉納を待ちます。
 二十日には作り物の奉納などの祭典のほか、次の当番へと役を受け渡すトワタシという交代式が行われます。氏子総代の立ち会いのもと互いに盃を交わし、カラナマスというオカラを使ったナマスを食べて儀式が終了します。
 二十一日には片付けなどが全て終わった後、女衆だけが集まってオコモリと呼ばれる会が開かれます。
 オコモリには村の家のほとんどが参加し、会の半ば頃になると、この土地に伝えられてきた「高砂」が手踊りを交えて披露され、三日間続いた祭りを締めくくります。

十二所神社(千葉県館山市茂名)

里芋祭りが行われる十二所神社祭神:国常立命(くにことたちのみこと)
由緒:創建は養老二年(七一八年)で千年以上の歴史があります。はじめ葦加比神社と称されていましたが、天正元年(一五七三年)には、村の戸数が十二戸であったことから「十二尊宮」とよぶようになったとされています。また里見家との関わりも深く、江戸幕府によって検地が行われた際の記録には十二所神社が里見家の祈願所としても機能していたことが記されています。
 一方、茂名では十二所神社を山の神だとする言い伝えもあるとされます。こうした信仰は、海をもたず、平坦な土地の少ない丘陵地帯にあって、畑作や山林と深く関わる暮らしの中から自然に育まれた信仰ともいえるでしょう。

【里芋と儀礼】

 近年まで日本の伝統的な生活文化は稲作のみを中心に考えられる傾向が強くありましたが、茂名のように、稲作を基盤としながらも、畑作や漁撈、狩猟や採集など、さまざまな生産活動を組み合わせて暮らしを成り立たせていたことが伝統として集落に残っていることに改めて注目が集まっています。
 里芋祭りの祭礼が行われる十二所神社には「氏神様には十二人の子供があったが、妃の乳の出が悪く、甘酒と里芋でこれを育てた」という言い伝えがあります。そのなごりで、かつては祭礼には甘酒が振る舞われていました。また、茂名には「里芋を食べると風邪をひかない」といわれ、集落の生活と里芋が深く結びついていたことが伺えます。

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茂名地区(表面) 茂名地区(裏面)