(本文記事の内容は2012年取材当時のものです。あらかじめご了承ください。)
夏の夜空を鮮やかに彩る花火大会。★公式サイト:http://tateyamacity.or.jp/hanabi/
全国有数の規模を誇る「館山湾花火大会」は、夜7時半から8時45分まで。
75分間に打ち上げられる花火の総数は約1万発。
ただ、この花火大会、平日休日を問わず開催期日8月8日をずっと守ってきているんです。
これはなぜでしょうか?
今回は、館山湾花火大会の花火を初回から作ってこられている福山花火工場六代目の花火師福山一郎さんへの直接インタビューも掲載しています!
(2012/08掲載:H)
館山湾花火大会
夏の風物詩として世界的にも注目されている日本の花火大会ですが、今年2012年は全国で500を超える花火大会が催されます。中でも1万発以上もの花火を打ち上げる催しは内外からの多くの人々で賑わい、ここ館山湾花火大会にも今年は平日にも関らず15万人以上の人々が訪れることが予想されています。
それではまず、8月8日の謎に迫る前にこれまで館山の花火大会を観たことない方にも、どういった花火大会なのかをご紹介します。
館山湾花火大会の見所と言えば、①水中花火 ②超連発のスターマイン ③全国学生フラメンコ連盟(フレスポン)によるフラメンコショーでしょう。
①水中花火
水中花火というのは、その名のとおり船の上から海の中に花火を落とし、水中で爆発した花火が海の上に半球面のドームを描く花火のことを指します。空の上に打ち上がる花火とは趣のことなったこの花火は、館山湾花火大会の名物としてすでに定着しつつあるものです。
②超連発のスターマイン
これまでに大きな花火大会を鑑賞したことがある方は、ときおり花火が群をなしてリズミカルに打ち上げられる様を目の当たりにしたことがあるのではないでしょうか。小玉から大玉までを計画的に配置し、導火線又は電気点火によって連続して打ち上げる花火を、「スターマイン」といいます。館山湾花火大会は短時間で1万発を打ち切るので、最初から最後までスターマインが応酬することで知られています。中でも20:44~のフィナーレは毎年観客を感動の渦に引き込みます。
③全国学生フラメンコ連盟(フレスポン)によるフラメンコショー
そして最後に、7月20日放送記事にもなったフラメンコ。全国学生フラメンコ連盟による5日間の館山合宿の初日を飾る8月8日、館山湾花火大会をバックに、総勢約190名もの学生フラメンコダンサーがフラメンコのショーを披露してくれるんです。日本最大級のフラメンコショーを花火とともに鑑賞できるということで、今年で18回目を迎えるこの豪華絢爛なコンビネーションは内外からの多くのファンによって迎えられています。
このように、館山湾花火大会は、打ち上げられる花火の数だけではなく、花火の内容も優れた複合的な大イベントであることがご理解いただけたのではないでしょうか。
この他、館山湾の立地にこの大会の風情と特徴を見出す方々も多くいるようです。館山湾は、岬に囲まれた大きな入り江となっておりますので、波が穏やかで花火が美しく反射することは上に述べたとおりです。
しかしそれに留まらず、館山湾が小高い山々に囲まれているところも花火にとっては重要です。ドーンと鳴った花火の音が小さな山々がおりなす大自然の音響空間のなかで少しずつこだまする様子は、迫力と安らぎを同時に与えてくれます。館山湾は海岸線一帯が道路となっておりますので、鑑賞者みんなが湾内でこの共鳴を体感することができるわけです。多くの花火大会が場所取りで大変なことを考えると、この立地は有難いですね。
今年は平日での開催となりますが、より多くの人にここでしか味わえない感動を体験して頂きたいと思います。
なぜ毎年8月8日開催なの?
さて、花火大会の概要について触れた後で、いよいよ本題にはいっていきたいと思います。
誰しも、1年に一度の花火大会にはゆっくり時間をとって観に行きたいものですよね。そうなると必然、多くの人に来てもらうためには土日開催にする方がよさそうなもので、1万発以上の花火大会の多くがこれに従っています。
それにも関らず、館山湾花火大会の開催日は49回を通して毎年8月8日なんです。どうしてでしょうか?今回は、主催者である館山観光まつり実行委員会(館山商工会議所)の方にその訳をお聞きしました。
館山湾花火大会は、「館山観光まつり」という商工会議所が主体となって8月1日~8月12日まで開かれている一連のお祭りの一環として毎年開催されています。
今年も連日のように館山の至る所でお祭りが行われていますが、この館山観光まつりの土台が生まれたのは、戦後間もない昭和30年代。復興とともに、館山は海水浴やレジャーなど首都圏の観光地として栄え始めました。
そこで、銀座商店街(館山駅近くの商店街)や長須賀の商店街(館山城下町の商店街)などが中心となって、これまで引き継がれてきた「七夕祭り」の最後の日に、日頃館山に遊びに来てくれる皆様へ感謝の意味を込めて花火を上げようということになったのだそうです。
初めの頃は、今のような連発の花火もなく、一発上がって少し経ってからまた一発、というように小規模なものでした。商店街の人々が自分達でお金を出し合って始めたのですから当然ですよね。
しかし、どの地域にも共通して起こった現象がやがて館山の商店街にもみられるようになります。
そう、少子高齢化や地域の過疎化です。お店の種類も大きく変容し、便利なデパートやコンビニエンスストアの勢いによって、街のあり方も年を経るごとに変わっていきました。そこで商店街が中心となって小規模ながら続けてきた、自費で作り上げる花火大会が幕を閉じることが憂慮され始めたのです。
毎年花火を楽しみにしている人もいる中で、これではいけない、と立ち上がったのが現在主催となっている館山観光まつり実行委員会。商店街にだけ任せるのではなく、様々な組合から実行委員会を結成し、館山市みんなで作り上げようじゃないかという提案を行いました。
こうして平成12、3年頃から新しくなった館山湾花火大会は、館山市はもちろん花火を愛する市外一般の方から寄付を募るようになり、これに呼応した企業、お店、市の職員や海上自衛隊、町内会やお寺・神社、小さな子どもたちに至るまで、たくさんの方々の寄付が集まるようになりました。これによって大花火大会に様変わりし、全国有数の知名度を誇るようになったのです。
館山湾花火大会は、決して最初から現在のような華々しい花火大会ではなかったようです。
しかし、「いつも遊びにきてくれる御礼に」との思いがあってからこそ、ここまで大きな花火大会になったのではないでしょうか。
今年も館山にある企業やお店の名前が連なるスポンサー一覧表が配られていますが、その中に「館山市民ひとりひとりの善意の協賛金によります市民が打ち上げる市民の花火」と題される超特大スターマインのことが書かれています。こうした所にも、開催当時の方々の意図が受け継がれているように思い、改めてこの花火大会の意義を認識することができました。館山市外の方々は、是非この善意の花火を存分に楽しんで頂き、今夏も館山で素敵なバケーションを過ごしてもらいたいものですね!
館山湾花火大会の花火師 福山一郎さん
館山湾花火大会において瞬間の芸術を創り上げてくれる方は一体どなたなのか、ということで今回は最後に館山湾花火大会の花火全体を一任されている福山一郎さんのお話しをご紹介します。
江戸時代から代々受け継がれる秘伝の花火術を伝授され、父福山次郎さんの第一次千葉県伝統工芸品に指定された「小糸の煙火」に次いで、平成20年には「打ち上げ花火」の指定を受けた六代目福山一郎さん。
君津の鹿野山にある老舗福山花火工場にて幼少より花火の制作に携わり、通産大臣賞受賞他数々の賞を受賞されている筋金入りの花火師さんです。
花火師さんって年間でどういったスケジュールで動かれているんですか?
「今は制作スタッフが5人いまして、大体乾燥している冬~春の時期に注文を受けた一年分の花火を作ってしまいます。花火は乾き具合で燃焼が違いますから、冬の晴れた日に天日干しにするのがポイントなんです。乾燥機でやってしまう所もあるみたいですが、色が全然ちがいますのでうちは天日でやっています。今の時期は、スターマインの構成だったり打ち上げる順番などの仕分けをじっくりやっているところです。」
色々な花火大会を手掛けられているようですが、館山の花火大会はどうですか?
「花火大会はよく発射される花火の数で語られることが多いですが、小さなものから大きなものまでありますので本当は数だけでは判断できないんですね。
花火大会の大きさを判断する基準は使用する火薬の量です。館山さんの場合は申請火薬量が1.5トンですので、紛れもない県内最大級の花火大会だといえるでしょう。」
館山名物の水中花火ですが、何か制作の苦労等あるんですか?
「花火そのものは打ち上げるものと作り方に大差はありませんので苦労というほどでもありませんが、問題は打ち上げる瞬間です。船頭さんと念入りな航路の打ち合わせをして、導火線に火をつけ海に投げ込むタイミングが重要なんです。これはベテランでないとできませんね。
またうちはスターマインでも電子制御を使わずにライブ感覚で火をつけてますので、導火線を熟知して自在に操る技術も必要かと思います。海外の方からは手動は野蛮だとか言われますが(笑)。」
今年の見所はなんですか?
「今年は新しい色がでますよ。といっても、昔に上げられていた花火の火薬の配合比に改良を加えて明るくして作ったんですが。
昔の花火は炭と硝石が主で、金属粉がなかったので暗かったんです。現在の花火は炭酸ストロンチウムや水酸バリウムなどによって絵の具のように色が出せるようになっています。そんな中皆さんに昔ながらの花火の色を楽しんでもらえたらと挑戦してみました。」
すごいですねぇ、秘伝の配合表に記された昔の花火の色を出してもらえるそうなんです。昔の花火は炭からパチっと出る火花の色しか出せなかったそうですが、それに改良を加えられた色、どんなものなのでしょうか。水中花火、連発のスターマイン、フラメンコと共に今年の楽しみがまた一つ増えましたね。
また、館山の花火で最大の大きさは8号玉(直径24cmの玉)だそうですが、保安距離の問題で尺玉(10号玉)は上げられないそうなんですね。しかし近年完成した館山夕日桟橋の先からだと尺玉を、しかもワイドで上げることができるそうで、福山さんのイメージする構成やデザインからすると是非夕日桟橋でやらせてほしいとのお言葉も頂きました。もしかすると、特大の尺玉を夕日桟橋の先に観ることのできる日も近いかも。
いずれにせよ、毎年のように進展していく館山湾花火大会、六代目福山一郎さんが咲かせる「瞬間の芸術」から目が離せません。今年は平日の開催となりますが、是非館山市民の感謝の花火を見に遊びにきてください。
コラム「あれ8月8日が七夕祭りの終り?」
これには月日の数え方、いわゆる暦の問題が関わってきます。
日本は明治6年に、それまで六世紀中頃まで使用していた太陰暦から欧米諸国と同じ太陽暦へ改暦を行います。
太陰暦は月の満ち欠けによって月の長さを定めるのに対して、太陽暦は太陽の年周運動に基づいて月を定めるため、月の運動と太陽の運動のズレから日付が大体平均して一月ほど変わってきてしまいます。
そのため、旧暦(太陰暦)では7月7日だった日は新暦(太陽暦)にすると8月7日となり、実は旧暦における七夕は現在では8月7日の日のことを指すんです。
今でも暦上は立春でも冬真っ只中であったり季語の五月雨が6~7月の梅雨の時期を指すことなど、使い分けに注意が必要ですね。館山は旧暦の七夕を引き継いできていたため、一ヶ月のズレが生じていたということです。