なぜ館山ではビーチコーミングが盛んなの?

ビーチコーミングという言葉をご存知でしょうか?
直訳すると「浜辺を櫛でとく」となりますが、
海岸に流れ着いた漂着物を収集することをいいます。
じつは館山の海は、このビーチコーミングには最適な場所なのです。
今回はこの奥深いビーチコーミングの世界をご紹介いたしましょう。

(2012/05掲載:K)

海岸にはお宝がいっぱい! すばらしきビーチコーミングの世界

まずはビーチコーミングの基礎知識から。ビーチコーミングは英語で書くとBeachcombing。Combは「櫛でとく」という意味なので、直訳すると「浜辺を櫛でとく」というような意味になりますが、実際には「海岸に流れ着く漂着物を拾う」ことをいいます。単に落ちているものを拾うだけなので道具も不要。じつにシンプルな遊びです。

安藤智さん

きれいなもの、珍しいものを拾うだけでも楽しいのですが、拾ったものの背景を知るとさらに深みにはまってしまうのがビーチコーミングの世界。更に、蒐集する楽しみを知ってしまうとそれだけで趣味として成り立ってしまうほど奥深いものなのです。
今回は、この道40年という安藤智(あんどうさとる)さんに楽しみ方を聞いてみることにしました。待ち合わせ場所は坂田(ばんだ)の海岸です。実際に海岸を歩く前にどんなものが拾えるかをレクチャーいただきました。

貝殻

ビーチコーミングで人気があるのはやはり貝殻です。ざっと海岸を見渡しただけでも、大小さまざまな貝殻が落ちていることに気が付くはずです。これら多種多様な貝殻ですが、なかでも人気が高いのが「タカラガイ」の仲間。その表面は一部の種類を除いて光沢のある陶磁器のような質感をしており、これを専門に狙うマニアが全国にはたくさんいるといいます。

タカラガイは世界では200種以上。日本では88種類ほど見つかっており、そのうち51種類が館山の海で確認されているといいます。この「タカラガイ」ひとつとっても色も大きさも実にさまざま。レア度も千差万別で、ごく一般的に見られるものから、なかなかお目にかかることができない超レアアイテムまでいろいろあります。レアアイテムはマニアの間では特に人気で、ネット上などで高値で売買されているものもあります。ただし、実際には海岸で拾えるものの多くは波と砂の作用で表面が削れていることが多く、コレクションとしての価値は低いそう。それでも珍しいものに出会えた時には思わずニンマリしてしまう、そんな魅力のある貝殻なのです。

タカラガイ以外でも、サザエなどの巻貝の仲間からナデシコ貝などの2枚貝まで、じつにたくさんの種類があります。ただ集めるだけでなく、これらの貝殻を使った工作も楽しいものです。

シーグラス

海岸を歩いていて次に目につくのはガラスの破片です。ビーチグラスともよばれ、波に洗われて角がとれたものはコレクションの対象になっています。さまざまな色のものを見つけることができますが、飲料ボトルの破片が多いため緑や茶色、透明などが一般的。黄色や水色、赤いものなど、珍しい色のものが見つかることもあります。表面は曇りガラスのような風合いをしていて、加工してアクセサリーなどに使われたりもします。

化石

ノジュール

化石なんかが簡単に見つかるはずがないと思いがちですが、じつは海岸には多くの化石が転がっています。数年前に流行した「イルカの耳骨(じこつ)」も化石の一種です。
イルカの耳骨はそのふくよかな形から「布袋石」とも呼ばれ、古くからお守りとして珍重されてきました。左右の耳に一つずつしかないため、1頭のイルカから2つしか取ることができません。耳骨は他の骨より固いため化石になりやすいそうで、現在見つかっているものはほとんどが化石化したものです。数年前までは館山界隈の海岸で比較的簡単に見つかったそうですが、サーファーを中心にペンダントにするのがブームになり、それ以降は探す人が増えてしまったため、今では海岸で見つけるのはかなり困難になっています。イルカの耳骨は3cm足らずの大きさですが、それより大きなクジラの耳骨が見つかることもあります。
また、馬の歯の化石も館山の海岸ではよく見つかります。その多くは鎌倉時代以降に軍馬として利用されていたものと推測されており、ひょっとしたら里見氏の時代の馬の歯も見つかるかもしれません。そう考えると歴史ロマンを感じずにはいられませんね。

そのほか、動植物の化石もよく探せば結構見つかるそうで、比較的見つけやすいのは甲殻類の化石です。特にカニの化石はハサミの形がはっきりと残っている場合が多いので、見つけやすいといえます。また、動物の姿が見えなくても、化石が入っている石は慣れるとすぐにわかるようになるそう。中に化石が入ったまん丸の石は「ノジュール」といい、これも結構見つかるようですが、中に何が入っているのかは割ってからのお楽しみです。

陶磁器

陶器の破片

どういう経緯で流れてくるのかは不明ですが、陶磁器などの焼き物の破片も多く見つけることができます。古いものから新しいものまでさまざまですが、古伊万里の破片なんかは比較的ポピュラーといえます。新しいものと古いものでは絵付けの技法も染料も違うため、慣れればいつごろの時代のものかも分かるようになります。
変わったところでは横浜のシュウマイ弁当についているしょう油の陶器製ボトル。時代によっていろいろな種類があり、これらもコレクターズアイテムとなっているようです。

縄文土器

縄文土器は今から一万年ほども前の縄文時代に使われた土器のこと。器は低温で焼成されるため、後の時代のものと比べると分厚く、比較的軟らかいのが特長です。名前のとおり縄目模様がつけられているのですが、実際に見つかるのはすり減って見えないもののほうがが多いようです。 館山では洲崎と沖ノ島などで縄文時代の遺跡が見つかっていますので、海岸で見つかる土器片も遺跡が波に洗われて露出し、海岸に流れ着いたものと推測されます。小さいものは持ち帰っても問題なさそうですが、縄目がくっきりと見えるなど状態のよいものを見つけたときは、一度博物館に連絡してみてください。

軟骨魚類の卵

エイの卵

サメやエイの卵を見たことがありますか? 彼らの仲間は胎生や卵胎生など、メスの体内である程度育ててから出産するものが多いのですが、なかには卵生のものもいます。産み落とされた卵は海藻やサンゴなどにしっかりと巻きついていますが、これらが何かの拍子に岸に打ち上げられることがあります。どれも個性的な姿をしており、たとえばナヌカザメというサメの卵は西洋では「人魚の財布」と呼ばれているそうです。なかなか見つかるものではないそうですが、知っておいて損はなさそうです。

その他

海岸には自然界で分解されにくい人工物がたくさん流れ着いています。代表的なものは空き缶、空き瓶、ペットボトルなどですが、おもちゃの類も意外にたくさんみつけることができます。
集めて楽しいものは、ゴムの人形やキャラクターの消しゴムなど。これらをカテゴリー別に集めるとちょっとしたコレクションになりそうです。また、空気銃で使うBB弾も海岸でよく見かけます。こういった人工物は、鳥や魚が食べることで生体に悪影響を及ぼしますので、ビーチコーミングの最中に見つけたらコレクションしなくても拾っておいてください。
また、これらの人工物は、黒潮に乗って海外からはるばる流れ着くものも数多くあります。たとえばペットボトルなどは遠くから運ばれやすく、中国語で書かれたものが流れ着くこともあります。

どうしてこんなにいろいろなものが拾えるの?

館山の海岸線の総延長距離は34kmほど。ここでこんなにさまざまなものが見つかるのは、地理的な立地と歴史的背景の両方の要素が絡み合っています。
海岸線で見つかるものは大きく分けると2種類あり、ひとつは海流に乗って流れてきた漂着物。貝殻なんかも漂着物に入ります。もうひとつは化石や土器などの堆積物。これらはもともと近くの海の底に沈んでいたもので、それらが波の作用で打ち上げられたものです。
館山の海岸線には黒潮が直接ぶつかりますので、漂着物が流れ着きやすい環境にあるといえます。また、昔から沈降と隆起を繰り返している土地のため、化石の類も数多く眠っています。しかも縄文時代の遺跡もあるので、これらすべてを同時に集めることができるのです。

さあ、海岸を歩いてみましょう!

タカラガイ

このように館山の海岸ではじつに多くのものを見つけることができます。どんなものが拾えるのかがわかったところで、実際に海岸を歩いてみることにしました。海岸には地形によって細かい砂が集まるところと貝殻が多く集まるところがありますので、貝殻狙いなら最初からそういう場所に狙いをつけます。目を凝らして目当ての貝殻などを探すわけですが、慣れないうちはそう簡単に見つけることはできません。素人とベテランの技量の差は歴然で、安藤さんはほんの短時間の間に、タカラガイなどの貝殻から化石、縄文土器などを次から次へと見つけてくれました。

サザエの芯棒は箸置きに使えそう

驚かされたのはその知識の豊富なこと。我々が見つけた「ちょっと変わったもの」の正体を即座に答えてくれるのです。貝殻の種類から焼き物が作られた年代、シーグラスの由来など多岐に渡り、それを聞いているだけでも、ビーチコーミングの楽しさが何倍にも広がります。これらの知識は一朝一夕で身に付くものではないので、海岸に通うたびに少しずつ学び、増やしていくしかなさそうです。

アマオブネガイ

ビーチコーミングを楽しむには、特別な準備は何もいりません。ほんの1時間ほどの時間があればそれだけで充分です。ただ、よほど珍しいものを探すなら、台風などで海が荒れた直後が狙い目だそう。そうでなければ大潮など潮の干満の差が激しい日の干潮時がいいようです。
持ち物は特に必要ないですが、強いていえば拾ったものを入れるバケツや袋があると便利。あとは季節によっては日焼け、熱中症、防寒対策などは万全に。足元はサンダルやスニーカーでも充分ですが、コケのついた岩場は滑りやすいので注意が必要です。
本格的に「ビーチコーミングをやるぞ」と気合いを入れなくても、館山を訪れた際には海岸を足元に注意しながら歩いてみてください。意外なお宝を発見できるかもしれませんよ。