なぜ西岬のひまわりはこんなに人気なの?

西岬ひまわり

館山の南西、東京湾に突き出た岬一帯を、西岬(にしざき)といいます。
日本の道100選にも選ばれている海岸線は「房総フラワーライン」と呼ばれるなど、
昔から花栽培が盛んです。
すでに見聞きされた方も多いかと思いますが、この地で作られるひまわりは「西岬ひまわり」として、大人気のブランドになっています。
それでは、この広い関東圏で、これほどの人気を誇る理由を紐解いてみましょう。

(2012/06掲載:H)

西岬(にしざき)とはどんなところ?

西岬地区 房総半島は、西側を東京湾、南側と東側を太平洋と面しており、土地のほとんどが海に囲まれています。この東京湾と太平洋の境界をなしている岬が、ここ館山にある西岬(にしざき)地区です。
東京湾側の西岬の海が景色を反射するほど波穏やかな「鏡ヶ浦」と呼ばれているのに対して、太平洋側の海は潮流が激しく「鬼が浦」との異名をもつほどに恐れられており、同じ地区の中にもたくさんの表情をもっている場所なんですね。
映画『花物語』 監督:堀川弘通 また、東京湾の入口に位置していることから、首都防衛の要として江戸末期以降に設置された軍事施設や砲台などもたくさん発見されており、平和学習の場としても注目を集めている場所です。
『花物語』という映画がありますが、戦時中「花作り禁止令」によって南房総の花栽培が禁止された史実を基にして作られた映画です。こうした映画の題材にも用いられるように、南房総は戦前から温暖な気候を生かして昔から花栽培が盛んであったことが知られています。
もちろんここ西岬も例にもれることなく花栽培が盛んで、西岬の突端にある洲埼灯台は昔「マーガレット岬」と秩父宮妃殿下に讃えられたことがあるなど、花にまつわる逸話には事欠きません。1971年に編纂された『館山市史』では花卉集団育成地域が西岬地区に指定されたことが示されており、当時その種類が以下であることが記されています。(p.456)

花卉:ストック・金魚草・アイリス・マーガレット・ポピー・カラー・カーネーション・キク・ユリ

かなりの多品種が栽培されていることがわかりますよね。ただ、あれ?と思いませんか。今回のテーマとなっているひまわりが入ってないんですね。そう、実は西岬におけるひまわりの本格的な栽培は、ここ十数年で到達された成果なのです。それでは、西岬ひまわりはどのようにして始まったのでしょうか。

西岬ひまわりのはじまり

西岬地区におけるひまわり栽培は、平成6年(1994)に女性たちが中心となって始められました。房州の女性は働きものと言われますがこうした伝統が引き継がれているのでしょうか。ただこの時期にひまわりの品種改良や育種が革命的な発展を遂げていたことは、間違いなく関係しているようです。

サンリッチひまわり
サンリッチひまわり

種苗会社タキイは1991年に、これまでのひまわりとは全くイメージの異なったひまわりを誕生させます。ひまわり、というとなんとなく野原に原生している印象が強いですが、新しく生まれたひまわり「サンリッチ」は小ぶりで花束にも適しており、フラワーアレンジメントにも用いることができる大変可愛らしいものです。
そしてまた同時に「父の日」のプレゼントとして、ひまわりが定着するようになってきた始まりの時期でもありました。母の日はカーネーションというのはお馴染みですが、父の日の花というと何を想像しますか? 一説では白いバラをプレゼントする話も聞いたことがありますが、このあたり一体どうなっているのでしょうか。

父の日の色は黄色?

母の日が1914年に祝日として制定されると、父の日が広まりつつあった20世紀初頭のアメリカにおいて1926年「The National Father’s day Committee」という国際的な父の日を祝う組織が立ち上がり、それを受けて日本でも「日本ファーザーズデイ委員会」が発足されます。委員会では、古来「身を守る色」として象徴化され、他にも『うれしさ』『楽しさ』『暖かさ』『幸せ』『富貴』『希望』『向上』などの意味を持つ「黄色」を父の色として定め、1982年より「ベスト・ファーザー イエローリボン賞」などを開催してきました。毎年ベストファーザー選考委員会のアンケート調査によって6月の上旬にその年のベストファーザーが発表されることなどから、「父の日」の色が「黄色」ということが定着しました。
もうお分かりですよね?黄色の花で、代表的な花は、「ひまわり」。ひまわりには「情熱」「愛慕」などの花言葉もあります。そんなひまわりのイメージが力強く愛情深い父のイメージと重なることで、以後「父の日」にはひまわりをプレゼントすることが広まってきたということです。

NHKの取材を受ける山崎部会長さん
NHKの取材を受ける山崎部会長さん

このように、ひまわりという花のイメージが大革新した時期に西岬でのひまわり栽培が始まったのです。もちろんこうした動きは全国的なものなので、西岬に留まらず他の多くの地域で新しいひまわりの生産に取り組むようになりました。
それでは、そんな中どうして西岬ひまわりはこんなに人気があるのでしょうか? 驚くべきことに、東京に出荷されるひまわり全体のうち西岬ひまわりのシェアはなんと約3割!それでは、そろそろこの秘密に迫って行きたいと思います。

西岬ひまわりは、なぜこんなに人気なの?

なんといっても西岬の土地柄を生かした砂地栽培

砂山
太平洋に面した西岬地区は、海岸から吹き付ける砂風が陸地内奥にいきわたり「砂山」と呼ばれる観光名所ができるほどに砂地で有名です。砂については、平砂浦海岸の記事をお読みください。
この砂地でひまわりを栽培する特色として、長年西岬ひまわりの開発に情熱を注いできた山田滋さんは次のように述べます。

山田滋さん
山田滋さん

「西岬の土地は、砂地な上に地下水が深くてどんどん水や肥料が抜けてってしまうから、ちょうど天然のトレイのようなものなんです。
初めの頃は、出来たものを出荷していたんですが、この土地柄に目を向けるようになってから水や肥料の配分を試すようになり、今ではそうしたバランスからみんなで造り上げた『西岬ひまわり』を出荷しています。」

普通に考えれば、水や肥料が抜けていってしまうというのは、労力やコストも余分にかかってしまうように思いますが、この砂地であることはひまわり栽培にとってどのような影響があるのでしょうか?

「ひまわりは他の植物に比べて水上げがとってもいいんですね。だから水や肥料をやった分どんどん肥えていってしまうんです。
こうした水はけのよい砂地ですと、水や肥料の『やり過ぎ』といったことが起こりにくく、またもっと重要なのは、ひまわり自身が頑張って吸収しようとするから、細くて引き締まった茎になります。そのため道管が空洞もなく、日持ちの良いひまわりが誕生しました。」

西岬地区は、冬場はストックやポピーの生産が盛んなことでも知られています。ひまわりの栽培は、この冬場にまいた肥料をもとに造られるということで、改めて肥料をまくこともほとんどないそうです。つまり、ひまわりそのものの生命力を最大限に発揮させることがそのまま、形や日持ちの良さに直結しているんですね。まさに黄金律にて栽培された輝きを放っていたのでした。

西岬ひまわりの種類の多さ

こうした積年の努力はJA安房ひまわり共撰部会さんのモットーである「お客様に喜んでもらえるひまわりを作りたい!」という思いに貫かれています。毎年同じ品種を同じように育てて出荷して、それでおしまい、というもしかしたら従来の農業にとっては当然のようなあり方から、常に手にとった方々に喜んでもらえるように努力して改善していくという方針は、西岬ひまわりの品種の多さにもつながっています。筆者が取材に伺った時も、今後試作品について議論されている最中でした。
それでは、現在「西岬ひまわり」として出荷されているひまわりの種類をカタログからみてみましょう。

西岬ひまわりカタログ
西岬ひまわりカタログ

ひまわりにこんなにバリエーションがあるの?と驚いた方もいるのではないでしょうか。土地の利を最大限に生かし、新しいものに挑戦していく気風に満ちたJA安房ひまわり共撰部会には、毎年種苗会社から数多くの新作が届きます。それらを試験的に栽培して、研究し良いものがあればどんどん取り入れていく、これが西岬ひまわりスタイルです。
部会長ご夫婦による仕分け作業 また、ひまわりの輪の大きさや長さに細かい規格が設けられ、仕分けも細心の注意に従って生産者みんなで行っていきます。
お客様に喜んでもらえるひまわりを作りたい!というこのシンプルな思いは、こうした出荷までの地道な一つ一つの作業や規格に表れているといえるでしょう。

生産者同士の仲の良さ

 

JA安房ひまわり共撰部会
JA安房ひまわり共撰部会

JA安房ひまわり共撰部会は総勢16軒の花農家さんから集まってできています。16軒で、東京市場の3割ものひまわりを生産しているというのもすごいことですが、何よりこの16軒の農家さんが安定して高品質なひまわりを提供し続けているということに、この「西岬ひまわり」がブランドとして確立しつつある秘密が隠されています。
上述しましたように、西岬地区は水はけのよい砂地であることが特徴であり、そうした環境的な側面は西岬が高品質なひまわりを作り続けることに大きく関っています。しかし、同じ西岬といっても、もちろん16軒の農地には16軒それぞれに特徴が異なり、全く同じ土地であるはずがありません。植物は土地の様々な要因に影響を受けますので、初め個人で出荷していた頃は、花農家ごとに全く異なったひまわりが出来上がっていたそうです。

現品査定会の様子
現品査定会の様子

この違いから、同じひまわりを作っていくための苦労は並大抵のものではありませんよね。一つ一つの農地に適した水や肥料のバランスや品種を見つけだし年を重ねるごとに規格を作り上げていったということ。現在の規格のきめ細かさや総出荷量を考えると、このような時期があったなんてまるで思いもよりませんが、よく考えてみれば16軒の人々が同じ目標をもつことそのものが難しいことなのではないでしょうか。

筆者は「西岬ひまわり」が、ここまでの人気を得ているより広い理由は、共撰部会の方々の仲のよさにあるのではないかと思いました。一人の力では決して到達できなかったかもしれない目標に、16軒の農家さんが日常の他愛のない世間話や情報交換から定期的に行われるミーティングに至るまで、本当に和気あいあいとして楽しく向かっているのです。この方々だからこそ元気に溢れたひまわりを、常にお客様の目線から生産することができるのだと思います。

花正さんでの西岬ひまわりフェア
花正さんでの西岬ひまわりフェア
 このように、西岬の土地柄や生産者のお人柄が奇跡的に合わさってできあがっている「西岬ひまわり」。その人気の理由をおわかり頂けたでしょうか?西岬ひまわりは、細くて花の輪も小さいので花束としてまとめることもできますし、他の花と共にフラワーアレンジメントに用いることもできます。
いよいよあと2週間に迫ってきた「父の日」ですが、是非プレゼントには「西岬ひまわり」をどうぞ。きっとたくさんの笑顔と初夏のさわやかな空気を運んできてくれますよ!

ひまわりを長持ちさせるためのワンポイントレッスン

西岬ひまわりのぎっしり詰まった茎
西岬ひまわりのぎっしり詰まった茎

記事中にも出てきましたが、ひまわりは水上げがとっても良い花です。そうした生命力を支えているのは実は茎なんですね。ひまわりの茎は細く長く伸びているため、あまり水を入れ過ぎると茎が腐ってしまってすぐに弱ってしまいます。
そのため、花びんに挿したひまわりを長持ちさせるためには、あまり水をいれすぎずに底面から数センチ程度の水に保つことが秘訣だということです。ただし、吸い上げが早いので水が無くなってしまうことは注意してくださいね。