沼の大寺の名で親しまれる総持院裏山の中腹、標高約25mの位置に、高さ3m、幅6m、奥行25mの海食洞穴があります。古墳時代中期には墓として使われ、人骨、土師器(はじき)、須恵器(すえき)などとともに、大刀・鉄剣・鉄鏃(てつぞく)・刀子(とうす)などの武器と、短甲(たんこう)などの武具が出土しています。短甲は革綴(かわとじ)短甲、横矧板鉄留(よこはぎいたてつどめ)短甲という2種類のもので、なかでも横矧板形式の短甲は5世紀後半に大量生産され、国内の軍事力増強をめざした中央政権が、地方の権力者に配布したものです。出土遺物から、武人が埋葬されていたことがわかります。